村木厚子(聞き手: 江川紹子)『私は負けない: 「郵便不正事件」はこうして作られた』中央公論新社、2013年
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先日、再審規定の見直しを含む刑事訴訟法の改正案が閣議決定され、今通常国会で審議されることになったようです。ただこの改正案では、裁判所の再審決定に対して検察が抗告できる余地が残されており、現状維持に近い改正案になっているようです。報道によると高市首相は昨年秋に就任して以来、法務省の官僚との面会はほとんどなかったとのこと。首相は日本の刑事訴訟制度の抱える問題にはあまり関心がないのだと思いますが、これは残念なことです。
これまでこのコーナーでは、木谷明『刑事裁判の心』を取り上げたり、佐藤優『国家の罠』を紹介したりして来ました。それらは日本の刑事訴訟制度の前近代性を批判する本でもあったからです。また『日米地位協定』を紹介した際には、もし日米地位協定を改定したいのであれば、そして日本で犯罪を犯した米軍兵士や軍属の犯罪を日本の刑事司法が常に取り扱うことができるようにするためには、少なくとも日本の刑事訴訟制度を欧米先進国並みに近代化する必要があるとも書きました。
ただ日本の刑事訴訟制度は、依然として課題を抱えてはいるものの、今回紹介する本を書かれた村木厚子さんの尽力などによって、かなり改善された面もありました。日本の刑事訴訟制度の何が改善され、何が課題として残されているのか。そのことを確認する意味でも今月は村木厚子さんの『私は負けない』を紹介します。
村木厚子さんは2009年に厚生労働省の局長を務めておられましたが、「凛の会」という障碍者団体を装った社会福祉法人による第三種郵便の不正利用に関連して、公文書偽造などの罪に問われて大阪地検特捜部に逮捕され、164日間勾留を受けるという大変な経験された方です。この事件は、村木さんが課長を務めていた時期に、彼女の部下であった上村という人物が単独で行った文書偽造によって発生した事件であったのですが、検察は始めから、上司であった村木さんの命じた犯行であったと断定し、その筋書きに合致する自白を引き出すために村木さんを長期間勾留したようです。
この本は、厚生労働省のキャリア官僚であっても、当時の検察による取り調べを受けた場合に、検察官の事実の歪曲や不当な調書作成の圧力に抵抗して真実を語り続け、真実に基づいて行動し続けることがいかに困難であったかを明らかにしています。検察は「郵便不正事件」の筋書きを最初から組み立てていて(32-33頁)、被疑者に対する取り調べは、検察が考えた筋書きを裏付ける自白を引き出すために行なわれていたようです。村木さんが弁護士を通して提出した多くの証拠によって、検察が描いた筋書きが破綻してしまった後も、驚くべきことに当時の大阪地検特捜部は、彼らが創作した虚構の筋書きを、取り調べにおいても、裁判においても主張し続けたのでした。
検察は、当初から上村氏が、村木さんの指示を受けて証明書の偽造を行い、「凛の会」に便宜を図って郵政公社に第三種郵便の認可を認めさせたというストーリーを考えていました。それで上村氏が単独で証明書を偽造していたにもかかわらず、村木さんから命じられたという供述を上村氏から強引に引き出し、それに基づいて村木さんを逮捕して、彼女への取り調べを行ったのでした。検察が考えた筋書きに基づいて、国井という検事が、今度は村木さんからも事実に反する自白を引き出そうとする様子が次のように記されています。
「さらに国井検事はこんな聞き方をして来ました。『村木さんの記憶にはないことかもしれないけれど、上司から「(証明書の作成を)やってね」と言われたとしたら、上村さんはどうしただろう。』そんな仮定の質問には答えられません。すると国井検事はさらにこう聞いて来ました。『じゃあ上村さんが金が欲しくて、あるいは何か悪意があって、こういうことをやった、ということは考えられますか?』私が『ありえないと思います』と答えると、さらに、こんな仮定の質問もするのです。『もし上村さんが上司から指示されて追い詰められたとしたら、かわいそうですようね。』私が『そうですね』と返すと、国井検事はやおら調書の口述を始めました。. . . 聞いてびっくりしました。こんな内容になっていました。『上村さんに対して、大変申し訳なく思っています。私の指示が発端となってこんなことになりました。上村氏は真面目で自分のためにこういうことをやる人ではありません。私としては彼がこういうことをやったことに責任を感じています。』仮定の質問をいくつかして、私の答えの都合のいいところだけを取り上げて、それを検察のストーリーの中に入れ込んで、調書を作ってしまうのです。」(51-52頁)
このように当時の検察官の中には、当初から自分達が思い描いた事件の筋書きを裏付けるための取り調べを行い、そのために被疑者の発言を歪曲して、調書に虚偽の記載などを行う人がいたことが、この箇所で明らかにされています。
また村木さんはいわゆる「人質司法」を実体験されました。現在もこの国で逮捕・勾留された場合、検察の筋書き通りに罪を認めたりしないと、検察と裁判所はその大きな裁量権を使って、被疑者をいつまでも勾留し続けます。それによって被疑者に身体的・精神的・経済的打撃を与え、検察権力の筋書き通りに罪を認めさせようとする強権的な手法で、冤罪の温床となりかねない制度です。この「人質司法」について村木さんはこう書いておられます。
「無実の人間が『無実です』と主張すると自由が奪われるというのは、とても変な感じがしました。」(48頁)
村木さんの表現は抑制されていますが、人質司法は明白な人権侵害ですし拷問と同じです。不当な勾留によって引き出された自白は、他の欧米先進国では証拠として認められないという話も聞いたことがあります。残念ながら日本の刑事訴訟制度は前近代的で旧態依然たる状態を存続させ続けているということでしょう。また村木さんは、逮捕後に被疑者の身柄を拘束する行為が、事実上すでに刑罰を課していることと同じであるとも指摘します(67-68頁)。裁判で有罪が確定していない被疑者に対して、現在の検察権力は犯罪者に対する刑罰と同じ苦痛を与える裁量権が与えられてしまっているのです。これも合法的に行われている深刻な人権侵害です。そのような人権侵害を伴う「人質司法」という制度は一日も早く是正されるべきだと思います。
「郵便不正事件」は、裁判で村木さんの無罪が証明されただけではなくて、検察官によるフロッピーディスク・データの日時改竄という犯罪をも明らかにしたことで知られています。村木さんは職務に忠実な方で、業務記録をいつも克明に記録していました。そのために厚生労働省のフロッピーディスクに記録されていた偽の「証明書」の作成日時に関して、主任検察官の前田という人物が、検察のストーリーの辻褄を合わせるために改竄をおこなっていた事実が発覚したのでした。驚くべきことは、この証拠改竄の事実を知っていながら、大阪地検特捜部は、取調べの間だけではなく裁判中も、改竄された証拠によってしか裏付けられない虚構の筋書きを主張し続けていたというのです。
証拠改竄を行った前田元検事は懲戒免職になりました。しかし不正に改竄された証拠を使って被疑者を追求し、被疑者の記憶の曖昧なことを利用して検察の筋書き通りの調書作成に協力させ、さらに裁判でも改竄された証拠に基づいて虚偽の主張を続けた国井検事も、前田検事と同様に不正行為を行なっていたことになるのではないかと村木さんは指摘するのですが、この国井検事の不正は結局十分に追求されず、減給処分だけで済まされました(55-60頁、211-12頁)。
本書で村木さんが訴えていることの核心部分は以下の記述だと思います。
「今回の事件を振り返ると、国井検事はひどいとか、前田元検事はとんでもないことをやったとか、大坪元特捜部長はもともと危ない人だったとか、そういう個々の検事の資質や行為だけの問題にしてはいけないと思います。組織としての対応が問題だったのです。それを変えるには、個々の検事の倫理観に訴えるだけではなく、仕組みを変えなければなりません。」(111頁)
つまり村木さんは刑事司法を担う検察の組織としての仕事の進め方を改めなければ、同じような問題は今後も頻繁に発生する危険性があると訴えておられたのでした。
不幸中の幸いと言うべきかと思いますが、霞ヶ関のキャリア官僚であった村木さんが不当に勾留されながらも無罪を勝ち取られたことによって、刑事訴訟制度の改革は一部前進したようです。最近「文春オンライン」の記事で知ったことですが、無罪判決を勝ち取られた後、村木さんは、当時の民主党政権の江田五月法務大臣の要請により2011年から法制審議会の委員を務められるようになりました。その審議会によって、全ての刑事事件ではないものの、取り調べの全過程で録音録画を実施することが答申として提出され、この答申に基づいて刑事訴訟法の一部改正が実現したのだそうです。つまりかつて村木さんに対して国井検事が行ったような不当な取り調べができないような仕組みが、部分的にではあれ定められたわけです。これが将来全ての取り調べの録音録画に繋がって欲しいと思います。
ですから村木さんの書かれたこの本は、日本の刑事訴訟制度の改革を前進させることに貢献した本ともなったのでした。加えていうなら、かつて安倍元首相が「悪夢のような」と度々誹謗中傷していた民主党政権の時代に、実は日本国民のために重要で優れた改革の一つが成し遂げられていたことを示す出来事でもあります。
それでも日本の刑事訴訟制度の抱える問題は依然として残されている面もあります。今回の刑事訴訟法の改正案で、検察が再審決定に抗告できる余地を残してしまっていることも問題であると思います。検察は過去の冤罪事件が次々と明るみに出るのを恐れているかのようです。また「人質司法」と呼ばれる長期間の勾留は現在も行われています。と言うことは検察の筋書きに沿った調書を作成するための取り調べも、以前ほど悪質なやり方が横行するということは少なくなっているのかもしれませんが、現在も似たようなことが行われ続けている可能性はあるのではないでしょうか。
村木さんは、幸い弘中惇一郎弁護士という非常に有能な弁護士がついてくださり、優秀な弁護団がサポートし、支援組織も組まれ、多くの証人の協力も得て無罪を勝ち取ることができました。けれどもそれは彼女も、彼女のパートナーも霞ヶ関のキャリア官僚であったからこそ得られた幸運であったことのようにも思われます。多くの刑事被告人は、村木さんのように有能な弁護士のサポートを受けることができませんし、検察から長期間勾留という身体的・精神的・経済的圧力を受けた場合、それに抵抗し続けるだけの身体力・精神力・経済力があるという人はそう多くはないかもしれません。そういう実情を考えると、依然として強大な検察権力の下で、今後も刑事裁判における冤罪が生み出されしまう危険性はあり続けるのではないかと思われます。
検察権力の人権侵害に対する国民の寛容さや、権力者優位の司法制度維持を許容する国民意識は、恐らくは封建制の時代以来、被支配者の側に伏流してきた従属的姿勢、つまり時の権力者への絶対的忠誠と服従を重んじる伝統的価値観が影響していて、日本国憲法の保証する基本的な人権の尊重や国民主権の精神が、依然として多くの日本人の意識に浸透し切れていないからであるように思います。刑事司法の問題の深刻さは、疎外される側、人権を侵害される側に立たされた時に初めて気づかされます。大半の方がそのような経験をしたことが無いので無関心な人が多いのでしょう。あるいは多くの人々は「寄らば大樹の陰」と考えて、自分が正しいと考えていることを押し殺してでも所属する集団内に存在する支配的な空気を読み、影響力のある人の側につくことによって自分の身を守るという生き方をしているのかもしれません。そういう風に集団や社会の中で自分のポジションを取り続けている限り、攻撃の対象として吊し上げられる危険性は低くなるかもしれません。それでもまさか自分はないだろうと思っていた人が被害者となってしまう危険性はあります。村木厚子さんという方も、その一人であったわけですし、その危険性についてもっと多くの方々に認識を共有して欲しいと願わされます。
残念ながら私たちの教会が所属している教派も、このような社会的問題に関して意識は低いままです。しかし毎週の礼拝で祈られる「主の祈り」の中で、私たちは「御心が天で行われるように、地でも行われますように」と祈ります。そのように祈る「主の祈り」は、地上に神の義が実現することを願う祈りですから、当然日本の刑事訴訟制度の欠陥の是正を願う祈りでもあるはずです。より多くの日本のキリスト教会やキリスト者も、このような社会的課題の是正に取り組むようになることを祈らされます。




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