忍足欣四郎訳『ベーオウルフ』岩波文庫、1990年
- 7月8日
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更新日:2 日前

今年の5月にスター・ウォーズ・シリーズの最新作「マンダロリアンとグローグ」が公開されました。The Lucas Filmの作品ではありますが、既に80歳を過ぎたジョージ・ルーカスはこの会社をディズニーに売却しているので、今回の作品にも全く関与してはいないことでしょう。実はしばらく前からスター・ウォーズ・シリーズの原作者・製作者であるジョージ・ルーカスの映画にはまっています。「アメリカン・グラフィティ」、スター・ウォーズ・シリーズ(エピソードI-VI)、インディ・ジョーンズ・シリーズのDVDを何度も見返しているわけです。
スター・ウォーズ・シリーズの中で、最も価値があるのはどの作品かと問われれば、やはり1977年(日本1978年)に公開されたエピソードIV「新たなる希望」ではないでしょうか。当時私は小学5年生でした。両親は映画のためにも殆どお金を出してはくれなかったのでロードショーで観ることはありませんでした。けれども日本でも一大ブームを巻き起こしていた映画の流行を肌で感じることはできました。言うまでもなくこの映画は、映画界に革命的変化を引き起こした重要な作品でした。脚本はそれほど優れている訳ではないし、俳優たちの演技も一部を除いて平均的だったと思います。CGに慣れた現代の鑑賞者からは特撮技術の未熟さが目立つようになった作品でもあります。でもそういうことは全て些細なことでした。何よりもSF大作映画(スペース・オペラ)を、様々な障害を乗り越えて完成させ、しかも興行的な成功につなげたというのは画期的なことでした。SFと言えば誰もがB級と考えていた時代に、SF映画も興行的な成功を収められることをルーカスは実証して見せたのでした。スター・ウォーズの成功がなければエイリアン・シリーズもターミネーター・シリーズも生まれなかったでしょう。「タイタニック」を撮ったジェームズ・キャメロンも「ロード・オブ・ザ・リング」を作ったピーター・ジャクソンもジョージ・ルーカスの影響を受けていることは間違いないと思います。
ジョージ・ルーカスはカリフォルニア州サンフランシスコに近いモデストという町で生まれ育ちました。母親の影響で子供の頃から読書好きでした。父親はメソジスト監督教会のメンバーで、ステーショナリー商店を経営する勤勉で保守的な人物でした。本当は息子に稼業を継いで欲しかったようです。しかしジョージ・ルーカス自身は興味がなく、16歳で自動車を手に入れると、暇さえあればクルージングをする、当時のカリフォルニアであればどこにでもいるような若者でした。その頃は自動車レーサーかメカニックの仕事をしたいと願っていたのですが、高校卒業直前に自動車事故で九死に一生を得る経験をします。そのことがきっかけで別の道を考えるようになりました。自動車事故で死にそうになったと言うことは、別の道を選ぶようにという霊的な使信なのではないかと考えたようです。近くの短期大学(Junior College)で人類学を専攻した後、南カリフォルニア大学の映画学科に入学します。課題で制作した短編映画を先生に高く評価されたこともあって、彼は映画製作者を目指すようになり、フランシス・コッポラと共に設立したアメリカン・ゾエトロープという製作会社で処女作「THX 1138」というディストピア映画を撮りました。この映画は興行的には失敗に終わりますが、その後苦労して完成に漕ぎ着けた「アメリカン・グラフィティ」が大成功します。これは70年代に既に過去のものとなっていたクルージング文化を再現するドキュメンタリー的映画でした。わずか80万ドル程の低予算であったにもかかわらず、北米で1億ドル以上の興行収入を得る大ヒットとなり、アカデミー作品賞・監督賞などにもノミネートされ、次回作を手がけるチャンスを手に入れます。そこで取り組んだのがスター・ウォーズ・シリーズでした。第一作「新たなる希望」は黒澤映画の「隠し砦の三悪人」を下敷きにしていますが、シリーズには、古代の神話や叙事詩以来、人類が長く親しんできた物語のテーマやモティーフがふんだんに引用されています。ルーカスは1970年代に流行していたアメリカン・ニュー・シネマ(「卒業」「イーズィー・ライダー」「明日に向かって撃て」など)に登場するアンチ・ヒーローの映画とは全く違う作品を生み出すことによって、つまり原初の時代以来人類に広く受け入れられてきた神話的英雄譚を現代的に焼き直し、宇宙を舞台にした物語に融合させることによって映画界に新風を巻き起こしたのでした。
ルーカスに影響を与えた神話や叙事詩ということであれば、ホメーロスの『オデュッセイア』を真っ先に読むべきかもしれません。スター・ウォーズ・シリーズも主人公の冒険をテーマにしているからです。またジェダイの騎士が持つライトセーバーのモデルはアーサー王に与えられたエクスカリヴァーであるとも言われますから『アーサー王の死』も必読かもしれません。でも今回取り上げるゲルマン叙事詩『ベーオウルフ』もルーカスのイマジネーションを理解する上で助けになるのではと思い、読むことにしたのでした。
『ベーオウルフ』は8世紀頃の作品で、古英語からの翻訳が1990年に英文学者忍足欣四郎によってなされていました。当時この文庫本を初版で購入していたのですが、長く通読せずに本棚で埃を被っておりました。それを今回ようやく読み通しました。
8世紀頃の古英語で書かれている叙事詩ではあるものの、物語の舞台はデンマークやスカンディナヴィア半島南部です。ブリテン島は島国であることもあって、その人種的民族的起源は複雑です。青銅器時代にブリテン島に大陸から移住した人々はケルト系の民族であったとされます。ローマ帝国の時代のブレトン人もケルト系でした。その後ゲルマン民族の移動によって現在のドイツ北部やデンマークに居住していたアングロ・サクソン族がブリテン島に定住するようになります。この初期中世のアングロ・サクソン族が使っていた言語が古英語です。ですから古英語はドイツ語に近い言語でした。そしてブリテン島のアングロ・サクソン族の人々の間には欧州北部やスカンディナヴィア半島南部に居住していた頃の古い叙事詩が伝承され、それが8世紀頃に文書化されたようです。
ベーオウルフは二部構成です。第一部の物語はデネ人(デンマーク)の王フロースガールの館に、グレンデルという怪物が現れるところから始まります。グレンデルは旧約聖書創世記4章に出てくるアダムの子カインの末裔であるとされます。カインは弟アベルを殺したことで知られる人物ですが、この叙事詩の作者・伝承者たちは、カインの子孫が人類から遠ざけられた結果、その子孫は妖怪・妖精・悪霊そして巨人となったと考え、グレンデルもそのようなカインの末裔の怪物として描いたのでした。
ある夜、グレンデルは館を警備していた30人の従士たちを皆殺しにし、次の晩も館を襲撃します。そのように繰り返し襲ってくるグレンデルに、フロースガール王と家臣たちは悩まされていました。このグレンデルの悪行をイェアート族(現在のスウェーデン南部に居住した民族)の王族ベーオウルフが聞きつけ、30人の部下を引き連れて船に乗り込み、海を渡ってデネ人の海岸に到着します。警備の衛士に問われると、自分はイェアート族の者でフロースガール王がグレンデルに苦しめられていることを聞くに及び、敵を倒す策を伝え加勢するために来たと告げます。すると衛士はベーオウルフとその一行に武装したまま王の館に進むことを許可するのでした。
館に着くとベーオウルフはフロースガール王への拝謁を願い出ます。実はフロースガール王は、幼少のベーオウルフを知っていました。そのこともあってフロースガールはベーウルフと彼の30人の勇士たちが、鎧を身にまとったままで王に謁見することを認めたのでした。ベーオウルフと勇士たちは王の前でグレンデル討伐を約束します。しかもベーオウルフは、剣や槍などの武器を持たず、素手でグレンデルと戦うと申し出るのです。そしてもし自分が命を落とすことになったら、自分の鎧は故国のヒイェラーク王に送り届けて欲しいと覚悟を述べます。そこでフロースガール王は歓迎の宴席を設け、グレンデル討伐に挑むベーオウルフらをもてなすのでした。
ところがこの宴席で、フロースガールの廷臣エッジラーフの子ウンフェルスは、ベーオウルフを妬んで彼を侮辱する発言をしながら、グレンデル討伐など叶うだろうかと疑問を呈します。するとベーオウルフは侮辱を逆手にとり、自分は海の怪獣を剣で殺したことがあると豪語します。そしてもしウンフェルスが勇猛であったなら、主君のフロースガールがグレンデルのことで悩まされるはずはなかったとも反論します。
宴席では妃ウェアオフセーオフが列席者にビールを振る舞った後で、蜜酒をベーオウルフに献げました。これに対してベーオウルフはグレンデル討伐の決意をさらに語ることによって応じます。フロースガール王はベーオウルフに館の守護を命じて、その晩の宴席はお開きとなるのでした。
その夜中、ベーオウルフはグレンデルの襲撃に備えます。詩人は、この時ベーオウルフが「自らの武勇と神の恩寵を堅く信じていた」と表現します。つまりこのゲルマン叙事詩において、悪の怪物との戦いに勝利することも神の恵みの御業の一つと考えられていたのでした。妖怪グレンデルは館の扉を簡単に開けると、眠っていた一人の戦士を食い殺し、やはり寝ていたもう一人も同じようにしようとするのですが、実はそのもう一人がベーオウフルその人でした。寝たふりをしてグレンデルに近づかせると、ベーオウフルは反撃し、見事にグレンデルを素手で退散させます。グレンデルは住処の沼に戻ることはできたものの、自らの最期を悟らざるを得なかったのでした。なぜなら素手で格闘した時にベーオウルフがグレンデルからもぎ取った腕が館には残されていたからです。このようにベーオウフルは見事にグレンデルを退治します。手柄を上げたベーオウルフには王や家臣から褒章が下賜され、改めて宴席が設けられ、ベーオウルフと彼の仲間たちはフロースガール王やその妃などから再度の歓待を受けます。
しかし退治すべき怪物はまだ残っていました。グレンデルの母親です。グレンデル退治成功の宴会の後、ベーオウルフとフロースガール王たちは女怪物であるグレンデルの母親が棲息する湖にやってきます。ベーオウルフは、湖底でありながら水の無いとされる不思議な洞窟に潜入し、そこでグレンデルの母親と戦うのでした。この怪物によってベーオウルフは危うく傷を負いかけるのですが、幸い優れた鎖鎧によって守られます。逆に洞窟で見つけた剣を用いて、ベーオウルフはグレンデルの母親にとどめを刺すことができました。湖畔で見守っていたフロースガール王たちは、湖水が赤く血で染まるのを見て、ベーオウルフが殺されたのではと不安に思ったのですが、そこにベーオウルフが怪物の首と共に現れ、グレンデルの母親退治にも成功したことを知らせます。
フロースガールの館では三度目の盛大な宴会が設けられます。ベーオウルフは、持参した名剣フルンティングが怪物退治には役に立たなかったものの、神が洞窟の壁に別の古い名剣を備えて下さり、これを用いてグレンデルの母親を退治できたと説明します。ベーオウルフが偶然見つけた名剣は枝の付いた剣だとされていますから、あるいは日本の七枝刀のような剣であったのかもしれません。この戦いは人の計画通りにはいかなかったにもかかわらず、偶然の出来事によってベーオウルフは怪物に勝利することができたのですが、これを伝承者たちは「神の御業」と捉えたのでした。ですからベーオウルフの物語に認められるキリスト教の影響は、かつて異教的な神々によってもたらされると信じられていた幸運が、キリスト教の神に置き換えられる程度の皮相的なレヴェルに留まっていることは明らかです。
この三度目の宴席で、フロースガール王は、怪物退治に成功したベーオウルフに対して、かつてのデネ人の悪しき王ヘレモードの例を上げながら、傲慢に陥らぬように訓戒を与えます。この訓戒の言葉は、第二部における老境のベーオウルフの物語を準備する前触れのような箇所でもあるようです。フロースガール王の訓戒を聴き終えると、ベーオウルフは帰国の途につくべき時であると理解して別れの言葉を王に告げるのでした。
海岸で衛士の見送りを受けて、ベーオウルフの一行は、船で故国に戻り、ヒイェラーク王にシュルディング人の地で行った怪物退治の報告を行います。報告の中では、かつてヒイェラーク王支配下の人々とシュルディング人との間で戦闘が行われたことがあることにも触れてはいます。それでもベーオウルフの怪物退治によって、フロースガール王から多くの褒美を受け取ったことを報告し、それらを主君ヒイェラーク王に献上するのでした。以上が第一部のあらすじです。
第一部がベーオウルフの若き日の栄光の物語であるとすれば、第二部は老境のベーオウルフの物語です。第一部と第二部の境界は、第三十一節にあるものの、叙事詩は明確に区切られることなく流れて行きます。ヒイェラーク王とへアルドレード王子は、シュルヴィング族との戦闘中に相次いで戦死するという悲劇に見舞われます。その結果ベーオウルフが王となり、50年間この国を治めました。しかし老境に達したベーオウルフに最後の試練が待ち構えていました。王国内に一匹の竜が現れ、次々と人々に危害を加えるようになっていたからです。
竜が暴れるようになったことには理由がありました。ベーオウルフの家臣の下僕が、竜の守っていた宝の中の金杯を盗み出したことが原因でした。怒りに駆られた竜は王国内の家々を次々と火炎で焼き払って行きます。この火炎に対抗して竜と戦うためにベーオウフルは鉄の盾を作らせます。そして11人の部下と共に、また竜の金杯を盗んだ者も道案内に従えて竜退治に向かいますが、同時にベーオウルフは自らの死をも予感するのでした。
ベーオウルフは一人で竜に立ち向かいますが、同行した10人の従士たちの多くは、ベーオウフルに加勢するどころか森の中に逃げ込んでしまいます。ただ踏みとどまった者も一人だけおりました。ウィーイラーフという従士でした。彼の助けもあって、ベーオウルフは竜を仕留めることに成功しますが、自分も深傷を負ってしまいます。死の近いことを悟ったベーオウルフは、ウィーイラーフに竜の財宝を確保するように命じました。財宝を得て戻ってきたウィーイラーフは、王が既に虫の息となっていることを知ります。こうしてベーオウフルはついにこと切れたのでした。
この後、森に逃げ込んだ10人の恥知らずの従子たちが姿を表します。ウィーイラーフは、主従関係の誓いを破った10人に、彼らの所領は没収されなければならないと宣言します。このように『ベーオウルフ』はゲルマン社会における主従関係の法的現実を物語の形で読者に闡明に伝えます。主君が危機に瀕したときには、従士は命をかけて主君と共に戦う。その誓約(誠実宣誓)に基づいて従士たちの所領は安堵されることになっていた訳です。
ベーオウルフの死の様子は伝令によってイェーアト人全体に伝えられました。老境にあったとはいえ、50年にわたってイェーアト人の国を守護してきたベーオウルフの死が明らかになれば、敵対するフランク人やフリギア人がこれを機に攻撃を仕掛けてくるかもしれません。しかしウィーイラーフは事実を正確に伝えることによって主君の死に伴う状況に正しく対応する必要があると考えたのでしょう。最終節ではベーオウルフの亡骸が甲冑などと共に荼毘に伏されます。今は亡き善王が、民に柔和で情け深い人物であったことを人々は振り返り、ベーオウルフ王に対する追悼がなされて、叙事詩は締めくくられます。
以上が『ベーオウルフ』のあらましですが、スター・ウォーズ・シリーズとの接点ということであれば、ベーオウルフがシュルディング人の地での怪物退治に成功し、祖国に帰還した際に、まずヒイェラーク王のもとに参内するという場面が、ちょうどエピソードIの終幕でアミダラ女王の前で行われたパレードのシーンや、エピソードIVの結末でデススター破壊の成功の後にレイア姫の御前にルークとハン・ソロが参内するシーンを彷彿とさせるものがあります。またシュルディング人の王フロースガールは怪物退治の後には決まってベーオウルフのために宴席を設けていましたが、これはエピソードVIでの二度目のデス・スターの破壊後のイウォーク族の住む森での宴会を思い起こさせます。またベーオウルフが甲冑と共に埋葬される場面は、やはりエピソードVIでルーク・スカイウォーカーが父親アナキン・スカイウォーカーの遺体をダースベーダーの仮面と共に火葬するシーンと類似しています。
ただ『ベーオウルフ』に強い影響を受けた作品ということであれば、むしろトールキンのThe Lord of the Ring(指輪物語)を上げるべきでしょう。この物語には巨人や怪物が度々登場しますし、フロド・バギンスと共に旅をした勇士アラゴルンの姿はベーオウルフを連想させます。またベーオウフルの死に様は、ミナスティリスの戦闘におけるローハンの王セオデンの戦死を想起させました。
また最近『ベーオウルフ』の研究者で翻訳者でもあったトールキンによるこの叙事詩の分析に関するYouTube動画を観て、もう一つ気付かされたことがありました。『ベーオウルフ』の重要なテーマは光と闇の戦いだそうです。この主題は、スター・ウォーズ・シリーズにもThe Lord of the Ring(指輪物語)にも影響を与えました。
日本人の一読者としては、この『ベーオウルフ』という叙事詩によって、初期中世の英国人(アングロ・サクソン人)たちが、自分達の民族的ルーツは大陸にあることを明確に意識していたことに注目させられます。『ベーオウルフ』が英国で文書化されたことからもわかるように、英国の初期中世史は現代のドイツ北部やデンマーク地方と繋がっていたわけです。『ベーオウルフ』はそのようなアングロ・サクソン族の民族的・文化的起源に由来する伝承です。
このような英国と欧州の歴史は、4-7世紀頃の日本と韓半島の歴史と比べることができます。大和朝廷を形成した勢力を始めとして、この時代、つまり古墳時代から大和朝廷の時代の日本は、韓半島から渡来した人々の強い影響のもとで、その歴史や文化が形成されたことでしょう。ところが残念ながら日本の最初期の歴史書は、意図的に大陸や韓半島とのつながりを隠蔽したように思われます。ご存じのように古事記のような建国神話は、大和朝廷の支配者の起源を高天原(天界)に求め、天孫降臨の結果として日向国に出現した神武天皇の東征によって大和朝廷は始まったと説明します。そのような神話の意図は明らかに大和朝廷のルーツを大陸から切り離す点にありました。日本という国の由来をそのように説明したことが、この国のアイデンティティーの形成にとって果たして良かったのか正直なところ疑問に感じます。他方アングロ・サクソン族の人々は自分達の過去を消去する必要性を感じませんでした。彼らは自分達がどこから来た民族であるのかを自覚しており、それをあえて消しさろうとはしなかったし、恐らくする必要もなかったのでしょう。なぜそのような違いが生じるようになったのかと言う問題は、比較文学・比較史という観点からも探求すべき興味深いテーマであるように思います。
また最近ある研究会で、『ベーオウルフ』に認められるキリスト教の影響について考える上で参考になる「ゲルマン的キリスト教」という用語を知りました。青山学院大学の藤原教授の発表の中でこの用語が使われていたのでした。これは戦闘的・拡張主義的で植民地支配を生み出すようなキリスト教のことだそうです。「ゲルマン的キリスト教」の歴史的実例として藤原教授は、フランク王国のカール大帝による征服事業とローマ・カトリック教会の信仰の強制、十字軍、イベリア半島のレコンキスタ、コロンブスの新大陸発見による植民地支配の拡大をあげておられました。
『ベーオウルフ』におけるキリスト教も、あるいは「ゲルマン的キリスト教」の一例とすることができるかもしれません。既に上述した通り『ベーオウルフ』に認められるキリスト教の影響は皮相的です。『ベーオウルフ』では、グレンデルやその母親が旧約聖書創世記に登場するカインの末裔であると信じられていたのでした。つまりアダムの堕落によって生まれたカインの家系とその子孫は、人類の一部ではなく、地上に存在すると信じられていた怪物を生み出すようになったと『ベーオウルフ』の伝承者たちは信じていました。またアングロ・サクソン族の信じていたキリスト教の神は、邪悪な敵に勝利をもたらしてくれる存在であり、ベーオウルフのような英雄を助ける存在だとされています。ですから初期中世のアングロ・サクソン族のキリスト教信仰は、異教の神々への信仰がキリスト教の神への信仰に置き換わった程度の変化によるものだと言えます。そのような素朴な信仰、つまりキリスト教の神は善良なキリスト教徒の戦士が悪者を征伐する時に助けてくれるというような信仰は、現在に至るまで欧米のキリスト教徒たちの潜在意識に刷り込まれている面はあるのでしょう。
ただ藤原教授も講演の中で触れていたリチャード・ニーバーの『キリストと文化』を援用するなら、『ベーオウルフ』に認められるような戦闘的傾向の強かった中世ゲルマン世界の皮相的キリスト教文化は、その歴史の経過とともにキリスト教によって作り変えられて行った面もあったのではないでしょうか。つまりニーバーが「文化の改革者キリスト」と言う類型の中で論じているようなキリスト教的文化が、戦闘的ゲルマン的キリスト教を変革しつつ形成されて行った面もありました。その結果としてゲルマン世界のキリスト教やそれに関連する政治・社会・思想・文化にも肯定的な変化が生じたのではないかと思います。
その具体例として想起させられるのが法の支配の伝統です。中世前期のゲルマン人の世界に広がったキリスト教会は(後期ローマ帝国と同様に)世俗権力者が統治の道具として教会を利用した面もあり、聖職者の任命権は世俗権力者によって握られていました。これに対して聖職者のモラルの改善を旗印に行われた叙任権闘争(グレゴリウス改革)は、ゲルマン人の世界以外に広がったキリスト教会(例えば東方正教会など)には見られない改革運動であり、この運動は西欧の法の支配の伝統の源流に位置付けられる改革運動だとされます。このようなゲルマン人の世界に広がったキリスト教の影響によって、戦闘的ゲルマン文化は福音的に改革され、その結果として生まれたキリスト教文化や社会制度もあるように思われます。そのような改革されたゲルマン的キリスト教文化からであれば、日本のキリスト教会も学ぶべき点はこれからもあるように思います。
最後に忍足欣四郎の翻訳は、一貫して擬古的な文体に移し替えられた優れた邦訳ではあると思うのですが、主人公のベーオウルフは、デンマーク王フロースガールの前で、自分のことを「それがし」と表現します。時代劇のような日本語なのです。個人的にはより中立的な現代語訳の方が、現代の読者にとっては初期ゲルマン世界のイメージを広げやすいと思いました。




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