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牧師の本棚




トゥーキュディデース『戦史』(下)、久保正彰訳、岩波文庫、1966年
大学卒業後の2年間、私立高校で社会科の非常勤講師をしていました。当時は教えるための基本的なスキルさえも身についていない新米の教員で、働かせて頂いた高校には大変ご迷惑をおかけしたと申し訳なく感じています。ただわずか2年とは言え社会科の教員として日本史と政治経済を教える機会が与えられたことはとても貴重な経験でした。 その程度の経験で何かを書くというのは大変おこがましいことではありますが、日本の歴史教育に関して常々感じていることがあります。それは日本の高校歴史教科書が、世界史にしろ日本史にしろ、その分量が圧倒的に少ないということです。私の手元にはアメリカの高校で使用されていたアメリカ史の教科書があります。その歴史叙述は主に植民地時代以降の400年程度の歴史に限定されているものの、大判のサイズで847頁もの分量があります。日本の歴史教科書は、そのような米国の高校の歴史教科書と比較するなら極端に軽薄短小です。だからと言ってアメリカ人の方が歴史に詳しいかと問われれば、全体としては必ずしもそうではありません。日本人の方が全般的にはアメリカ人よりははるかに正確


トゥーキュディデース『戦史』(中)、久保正彰訳、岩波文庫、1966年
かつてオックスフォード大学で古代史を教えていたアーノルド・トインビーは、「大戦争」(The Great War)と称される第一次大戦中に、トゥーキュディデース『戦史』をテキストに学生に教えていたそうですが、教えながらトゥーキュディデースがこの歴史書で使っている表現とまさに同じ実感を戦時下の英国人として抱くことがあったと振り返ります(トインビー『歴史の教訓』109頁)。今、世界ではウクライナとパレスチナで二つの戦争が続き、先日はアメリカとイスラエルが恐らく差し迫った理由もなくイランを攻撃するという国際法を無視した犯罪的暴挙を犯しました。イラン国民に向かって体制転換を迫る無知で愚かな言葉を聞くと嫌悪感を催しますが、トゥーキュディデース『戦史』中巻の歴史叙述を想起させられる出来事でもありました。この巻でトゥーキュディデースは、ペロポネソス戦争がギリシャ諸都市内部の対立や紛争と連動していたことを詳しく描いています。ポリスを超えた戦争は、各ポリス内部の平和と秩序を乱す作用もあったのでした。現代の国際戦争が各国に与える影響を考える上でも『戦史』は我々に示唆を


トゥキュディデース『戦史』(上)、久保正彰訳、岩波文庫、1966年
大学で卒論指導をして下さった恩師は、当時疫病や感染症の歴史とそれに伴う近代国家における公衆衛生の成立の歴史を研究されていました。18世紀までの西欧の伝統的な国家は「夜警国家」と表現されたように、国内にあっては国民の財産を保護するための法の制定と執行、国際社会においては外交と国防を主な役割としていました。しかし近代国家は伝統的な役割を徐々に拡大して行きます。例えば現在では当然視されている国民経済のための政策の実施という役割も伝統的な国家には必ずしも必須のものではありませんでした。さらには19世紀にはコレラの流行を契機に、英国は上下水道などの社会インフラの整備や公衆衛生をも国家の役割として引き受けるようになりました。ですから一見偶発的に発生したと思われる感染症も近代国家や近代社会形成に深く関わる出来事であった訳です。そのような歴史研究は、所謂戦後歴史学がマルクス主義の史的唯物論の影響のもとに、社会経済史を中心に近代社会の成立を説明しようとしていたのに対して、人間の経済活動とは無関係に発生する疫病のような自然界の現象が、近代社会・近代国家形成の要因とも


ロブ・ライナー監督「スタンド・バイ・ミー」コロンビア映画、1986年
昨年12月14日(日)にロブ・ライナーが亡くなりました。その突然の死は衝撃的でしたが、去年逝去したジーン・ハックマン、ロバート・レッドフォード、ダイアン・キートンなどと共に、ハリウッド映画における一つの時代の終わりを感じさせる出来事でした。私は大学生の頃からロブ・ライナー映画のファンで、彼の作品の中で最初に観たのがこの「スタンド・バイ・ミー」でした。 もう一作、大学時代に観たと言えるのは1987年の「プリンセス・ブライド」(The Princess Bride)です。日本ではロードショー公開されていない作品でしたが、1988年の夏にアメリカのキリスト教キャンプ場で観ました。大学3年の終わり頃、学業などへの意欲を失ってしまったため、一年休学することにして、出身教会の宣教師の方の紹介で、合計半年ほど南カリフォルニアにあるキャンプ場のキッチン・ワーカーとして無給で働いたことがありました。6-8月には夏休み期間中のサマー・スタッフとして、多くのアメリカ人大学生たちと一緒にそのキャンプ場の夏のプログラムを支えるためにキッチンで働いていたのですが、この時期


鈴木佳秀『旧約聖書の女性たち』教文館、2009年
今回は鈴木佳秀先生の『旧約聖書の女性たち』を紹介します。旧約学者の鈴木佳秀先生は、世界の旧約学の主流派の立場に立ち、旧約聖書の五書資料説を受け入れながら旧約聖書を読む方です。旧約聖書の最初の五つの書物(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)をモーセ五書と言いますが、五書は伝統的には主に古代イスラエルの指導者モーセによって編集・執筆されたと信じられてきました。しかし啓蒙思想の影響や近代歴史学・宗教史学の発達などによって、19世紀以降、旧約聖書学者たちの多くは伝統的な見解を離れるようになります。特に19世紀後半にユリウス・ヴェルハウゼンなどによって提案された五書資料説が広範囲に影響を与えるようになって以来、この五書資料説に基づいてモーセ五書などを読むことが、現在に至るまで旧約学の主流となっています。 五書資料説を支持する人々は、モーセ五書が主に四つの資料に基づいて成立したと考えています。最古の資料は、ヤーウェという神の名前が使用されている箇所にその痕跡を求めることができ、ヤハウィストと呼ばれます。神の名をエロヒームとしている箇所はエロヒスト


C. S. ルイス『痛みの問題』中村妙子訳、新教出版社、1976年
今回はC. S. ルイス『痛みの問題』を紹介します。C. S. ルイスの本は既にこのコーナーで何冊か紹介してきました。2019年10月には自伝『喜びのおとずれ』を取り上げ、2020年10月にはナルニア国物語シリーズから『銀のいす』について書き、昨年12月には『四つの愛』を紹介しました。ルイスの本はこれで4冊目ということになります。ルイスの本を11月に紹介するのはふさわしいと思います。なぜならルイスが召されたのは1963年11月22日であったからです。 C. S. ルイスは北アイルランドのベルファスト出身でした。父親は事務弁護士(solicitor)で、母親は国教会の牧師の娘でした。ルイスのようなアッパー・ミドルクラス出身の優秀な学生であれば、寄宿生活を伴うパブリック・スクールに入学し、そこからオックスフォード或いはケンブリッジを目指すと言うのが通常の進路でしたが、彼は学校嫌いでもあったために、父親の教師でもあったカークパトリックと言う先生の個人指導を受けることになりました。この先生の影響で十代にして無神論者となったようです。それでも彼は、この先


中村哲『中村哲 思索と行動』(下)、ペシャワール会、2024年
今回は、昨年11月のこのコーナーで紹介した『中村哲 思索と行動』の下巻を紹介します。『中村哲 思索と行動』は、1984年から2019年までパキスタンとアフガニスタンの医療支援などに派遣された中村哲医師を支えた民間援助団体ペシャワール会の会報に、中村医師が寄稿した文章を中心に...


ポール・トゥルニエ『暴力と人間』山口實訳、ヨルダン社、1980年
20世紀スイス・ジュネーブのキリスト者であり精神科医であったポール・トゥルニエの本をこれまで何冊か読んできました。最初に読んだのは確か『苦悩』でした。その後『人間・仮面と真実』『人生の四季』『生の冒険』『強い人、弱い人』『女性であること』『聖書と医学』を読みました。クリスチ...


大澤真幸『アメリカというなぞ』講談社、2025年
社会学者の大澤真幸の名前は、橋爪大三郎との対談に基づく『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、2012年)という本を通して知りました。この共著の内容には不正確な箇所が多くあったものの、当時注目を集めた一冊でした。キリスト教という宗教に関して日本人は、近代社会の世界標準を形成...


A. E. マクグラス『キリスト教の信じ方・伝え方: 弁証学入門』田中従子訳、教文館、2024年
現代英国を代表する神学者アリスター・マクグラスの著作は数多く日本語に翻訳されて来ました。私もこれまで『キリスト教の将来と福音主義』『宗教改革の思想』『ジャン・カルヴァンの生涯』『ルターの十字架の神学』『C. S. ルイスの生涯』『キリスト教思想史入門』『歴史のイエス、信仰の...
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