ロブ・ライナー監督「スタンド・バイ・ミー」コロンビア映画、1986年
- ign117antjust165ma
- 12 分前
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昨年12月14日(日)にロブ・ライナーが亡くなりました。その突然の死は衝撃的でしたが、去年逝去したジーン・ハックマン、ロバート・レッドフォード、ダイアン・キートンなどと共に、ハリウッド映画における一つの時代の終わりを感じさせる出来事でした。私は大学生の頃からロブ・ライナー映画のファンで、彼の作品の中で最初に観たのがこの「スタンド・バイ・ミー」でした。
もう一作、大学時代に観たと言えるのは1987年の「プリンセス・ブライド」(The Princess Bride)です。日本ではロードショー公開されていない作品でしたが、1988年の夏にアメリカのキリスト教キャンプ場で観ました。大学3年の終わり頃、学業などへの意欲を失ってしまったため、一年休学することにして、出身教会の宣教師の方の紹介で、合計半年ほど南カリフォルニアにあるキャンプ場のキッチン・ワーカーとして無給で働いたことがありました。6-8月には夏休み期間中のサマー・スタッフとして、多くのアメリカ人大学生たちと一緒にそのキャンプ場の夏のプログラムを支えるためにキッチンで働いていたのですが、この時期土曜日の夜にはサマー・スタッフのために隔週で映画鑑賞会が開かれており、その時初めてThe Princes Brideを観たのでした。観たとは言っても、当時の英語力では、このコメディーを理解することはできず、どうしてこんなに笑いを取れる映画なのかよくわかりませんでした。ピーター・フォーク扮するおじいさんが孫におとぎ話を読み聞かせるという設定なのですが、笑えたのはせいぜい、主人公の男女のキス・シーンが多すぎることにうんざりした孫が「またキスしている」と不満を漏らす所くらいでした。一緒にサマー・スタッフをやっていた友人の説明では、当時アメリカのテレビで人気のあったコメディアンたちが軒並みこの映画に出演していたとのことです。ロブ・ライナー自身は思想的にはリベラル派を代表する人物ではありましたが、アメリカ福音派のキャンプ場でもこの映画は上映できたのですから、恐らく彼の作品の中で最も幅広く受け入れられた作品だと言えるのでしょう。
1989年の2月に米国から日本に戻ってから、その年に封切られた『恋人たちの予感』(When Harry Met Sally)も観ました。ニューヨークを舞台にしたロマンティック・コメディの古典的作品です。すでにこの当時から、アメリカ人はこんなにもあけすけな会話をする人々であったのかと知って残念に思う面があり、このコーナーで内容を紹介するのは躊躇われるのですが、エッジの効いたスクリプトにせよ、そのセリフを絶妙なタイミングで繰り出す役者の演技力にせよ、この作品がロマンティック・コメディーの秀作であったことは否定できないと思います。
ロブ・ライナー監督の作品で個人的に一番好きな映画は、以前このコーナーで紹介した「ア・フュー・グッド・メン」です。これを最初に観たのは、当時通っていた出身教会の牧師夫妻のお宅でのことでした。その頃の牧師先生は青年たちと積極的に交流の機会を持ってくださっていた方で、確か日曜日の夜にご自宅に招いてくださり、他数名の青年たちと一緒にビデオでこの映画を観たのでした。公開は1992年でしたから、おそらく日本の神学校に入学して一年目の冬のことだったように記憶しています。ジャック・ニコルソン、トム・クルーズ、デミー・ムーアの出演する法廷ドラマで、キューバのグアンタナモ湾アメリカ海軍基地で発生した海兵隊員殺人事件をめぐり、ハーバード大学出身の若い弁護士ダニエル・キャフィーが、海兵隊の指揮官ネイサン・ジェセップ大佐の犯罪を軍事法廷で明らかにするという痛快な映画でした。法廷でキャフィー弁護士が「あなたは(規律訓練を指示する)コード・レッドを命じたのか。私は真実が知りたい」と大佐に詰め寄ると、ニコルソン演じるジェセップ大佐は「お前に真実を扱うことなどできない(You can’t handle the truth!)」と応じる有名なシーンがあります。このシーンはYouTubeでも見ることができますが、ニコルソンは迫真の演技で長尺のセリフを完璧に捲し立てるのです。ロブ・ライナー監督によれば、大佐の証言を聴く法廷の人々の反応をカメラに収めるために、このシーンを何テイクも撮影したそうですが、毎回撮影する度ごとにニコルソンは全く同じ迫力で演技を繰り返したそうです。
またこの映画はアーロン・ソーキンが舞台の脚本として書いた原作に基づいていました。彼の家は法律家を多く輩出していた家族で、ソーキンのお姉さんがデミー・ムーア演じるジョアン・ギャロウェイ少佐のモデルだそうです。彼女は海軍の法務官を務めていた時にグワンタナモ湾海軍基地に出張したことがありました。一人の海兵隊員が10人の海兵隊員によって口にボロ布を入れられて死にそうになるという事件が発生し、その調査に当たったのだそうです。その時加害者側の10人の海兵隊員たちは上官に規律訓練(リンチ)を命じられたと主張したそうですが、裁判では彼らには未熟な弁護士が付けられ、追求する側には熟練した検察官が立てられていたとのこと。このお姉さんの経験をヒントにソーキンは舞台用の脚本を書いたそうです。当初ブロードウェーで公演されていたこの作品はハリウッドの映画製作者の目にとまり、彼が映画化の権利を取得して関係者に紹介した所、ロブ・ライナーが手を挙げたのでした。海兵隊員の弁護士となるキャフィーは偉大な法廷弁護士であった父親を持つという設定であったため、ロブ・ライナーはこの映画を是非とも自分が監督したいと願ったのだそうです。
ただこの映画を最後に、その後神学校での学びが忙しくなり、また牧師として奉仕するようになったこともあって、ロブ・ライナー作品を観る機会はほぼ無くなってしまいました。とはいえ「ア・フュー・グッドメン」の頃までがロブ・ライナー監督のキャリアのピークであったようにも思いますので、彼が代表作を次々と送り出していた時期に、二つの作品を映画館で観ることできたのは幸運でした。
今回ロブ・ライナーを追悼する意味でこの文章を書くことにしたのですが、そのために「スタンド・バイ・ミー」の中古DVDを購入しました。あるインタビューで、ロブ・ライナーは自身の初期の五つのヒット作品(This Is Spinal Tap; Stand By Me; The Princess Bride; When Harry Met Sally; A Few Good Men)の中で、一番好きなのはどの作品かと問われ、Stand By Meだと答えていました。この映画の原作はスティーブン・キングのThe Body(死体)という中編小説です。物語の主人公であるゴーディは、スティーブン・キングの自画像でもあるように思われますが、同時にロブ・ライナー監督も映画の中でゴーディを自分の分身として描いたそうです。
この映画は、オレゴン州のキャッスル・ロックという小さな町に住むクリス、ゴーディ、テディ、バーンの四人の少年たちが、小学生時代最後の夏の終わりのある日に、死体探しの探検をしに線路伝いに森に出かけるというお話しです。ただ最初に観た時はそれほど印象に残る作品ではありませんでした。一時間半の短い作品ということもあったかもしれません。1950年代のアメリカの田舎町の少年たちの様子が生き生きと描かれていることはよくわかりました。時代考証も恐らく正確で、その時代の片田舎の雰囲気が忠実に再現されていたのだと思います。少年たちはラジオを聴きながら探検に出かけるのですが、その時ラジオから流れていたオールディーズの名曲の数々もその時代の雰囲気を醸し出していました。ただそういうことよりも、この映画に共感した人々は、クリスが泣く場面と、ゴーディが泣く場面のいずれかに感情移入できた人々なのでしょう。しかし初めてこの映画を観た時には、そのいずれの場面にもそれほど心動かされることは無かったのでした。
リバー・フェニックスが演じたクリスは、小学校の牛乳代金を盗んだという噂を立てられて、周囲の人々から不良少年と見なされ、ゴーディの父親もクリスを見下していました。4人の少年たちが森で野宿をしている時、周囲にコヨーテの鳴く声が響き渡ったため、交代で見張りを立てることにしたのですが、クリスが見張りをしている間にゴーディは目を覚まして、クリスと会話する場面があります。そこでクリスは事の真相をゴーディに打ち明けます。クリスの家は貧しく、確かに一度は盗みを働いてしまったのですが、後で反省して代金を先生に返したのでした。ところがお金を受け取った先生は、なんとそのお金で自分の欲しかったスカートを買ってしまったらしく、クリスの嫌疑を晴らしてはくれなかったというのです。クリスが裕福な家の子供であったらそんな仕打ちは受けなかったはずです。その悔しさからクリスがゴーディの前で咽び泣くシーンはこの映画の一つの山場です。クリスはすでに小学生時代から、社会の裏側や教師のような大人たちの汚さを見せつけられていたのでした。
もう一つの見せ場は、ゴーディがクリスに向かって、自分が父親から嫌われていると話して泣いてしまうシーンです。ゴーディの兄テディーは高校時代からアメリカン・フットボール部でクォーターバックを務め、フットボールの盛んな大学からスカウトされるような優れた才能を持つ、将来を期待されていた青年でしたが、4ヶ月前に自動車事故で亡くなったのでした。少年たちが目的の死体を発見したとき、ゴーディは亡くなった兄のことを思い出してしまいます。そしてクリスに、父親は弟の自分が死ねば良かったと思っていると打ち明け、涙を堪えることができなくなってしまいました。ゴーディがそうであったように、自分は親から疎んじられていたという体験を持つ人にとって、このシーンだけでもこの映画を好きになるのに十分だったのでしょう。
ロブ・ライナーの父親カール・ライナーは、ドイツ系ユダヤ人の子でしたが、テレビや映画で活躍した優れたコメディアンでした。ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットが共演した「オーシャンズ11」では往年の天才詐欺師ソール・ブルーム役を好演していたそうです。ですからロブ・ライナー自身の話しによれば、役者としての才能溢れた父親との関係に悩んでいたので、この映画の中で彼もゴーディを自分の分身として描いていたのだそうです。
映画公開前に原作者のスティーブン・キングにこの映画の試写を観てもらったところ、彼はこの作品を気に入って高く評価してくれました。そしてこの作品の映画化の成功は、その後彼の小説が何作品も映画化されるために道を拓くことになりました。スティーブン・キングもロブ・ライナーもクリスチャンではありませんし、キリスト教信仰には批判的であるように思います。ただスティーブン・キングにしろ、ロブ・ライナーにしろ、体制的なキリスト教には批判的であっても、本来のイエス・キリストの教えに対する敬意を持ち続けていた面はあったように感じられます。
スティーブン・キングの映画化作品としては、他に「ショーシャンクの空に」が知られているかと思います。ロブ・ライナーもプロデューサーとしてこの作品に関わったようです。舞台となっている米国南部のショーシャンク刑務所の所長は、欽定訳聖書を重んじる保守的キリスト教徒として描かれていました。しかし冤罪で投獄されていた主人公のアンディは、所長の不正を暴くと同時に、彼自身は脱獄に成功して、自らの手で正義を勝ち取ります。原題のShawshank Redemptionは直訳すれば「ショーシャンク刑務所の贖い」です。Redemptionとは神学用語で人の罪の「贖い」(代価を払って買い戻すこと、或いは償うこと)を意味します。イエス・キリストの十字架の死が、全ての人の罪の贖いのためにささげられた犠牲であり、キリストの十字架の贖いによって、キリストを信じる全ての人に救いがもたらされるとの信仰に基づく用語でもあります。「贖い」(redemption)は従ってキリストによる「救い」をも意味します。スティーブン・キングは、アメリカ社会において、しばしば偽善的なキリスト教徒が不正に手を染め、事実を隠蔽するような悪を行っているのに対して、表面的には悪者扱いされている人が、むしろ清く正しい内面性を持っていることがあるという真実を、この小説でも表現していたように思います。映画の中で、ある時ショーシャンク刑務所に、アンディが有罪とされた事件の真犯人が収監されたことがありました。アンディは所長に訴え、再審請求の希望を伝えるのですが、所長は収監された真犯人を射殺させてしまい、事実を隠蔽します。それでアンディは冤罪を晴らすことを諦め、脱獄して自らの手で自由を勝ち取る道を選び取ったのでしょう。そのように真の正義が達成され、真に解放されるべき人が解放されることを聖書的用語の「贖い」(Redemption)と表現することによって、スティーブン・キングは、イエス・キリストによる本来の救いも、偽善者の不正が暴かれ、解放されるべき人に救いがもたらされる面があるはずだと考えている節があるように思われます。
「スタンド・バイ・ミー」も、1950年代のアメリカ白人社会の歪みを描いていた映画であったように感じます。兄のテディーを偏愛していたゴーディの父親もキリスト教徒でした。ゴーディが探検の途中で立ち寄った食料品店の主人も、ゴーディを見るなり兄の死に触れながら「生の只中にあって、我々は死の中にいる」という聖書の言葉を引用します。自分の兄弟も朝鮮戦争で戦死したと話してゴーディに同情を示しながら、彼のことを兄に似ていると言って、暗に兄のような立派な人間になるように示唆するのでした。兄と比較されて苦しんでいたゴーディには却って重荷と感じられたことでしょう。当時のアメリカの田舎町では大人たちのほとんどが毎週日曜日に教会の礼拝に出席していたのだと思います。公民権運動やベトナム反戦運動などが全米に広がりを見せる前の1950年代のアメリカは、まだ白人たちを中心とするキリスト教社会が強固に存在し、純真無垢(イノセント)な時代であったと懐古されがちです。しかしロブ・ライナーは、スティーブン・キングの小説に基づいて、当時の白人社会の現実を子供たちの視点から鋭く描写したのではないでしょうか。それは表面的にはキリスト教の教えを受け入れているようでありながら、貧しい人々を差別し、一人一人に与えられた個性を正しく評価することをしない、そういう類の人々が支配的な社会であったと描かれているように思われます。そのような社会にあって、むしろ人々から低く見られていたクリスやゴーディらの純粋さと優しさがこの映画では強調されていたのではないでしょうか。福音書によれば、イエス・キリストというお方は、むしろそのような人々に寄り添われたお方であったのでした。
ロブ・ライナーの手がけた作品は、アカデミー賞に何度かノミネートされながら、とうとう最後まで一度も受賞することなく、彼の映画人生は幕を閉じてしまいました。でもこれ程多くのヒット作品を生み出し続けたハリウッド映画の監督はそれほど多くないと思います。スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、ジェームズ・キャメロンなどに匹敵するとは言えませんが、彼らに次ぐ、優れた映画製作者・監督であったのではないでしょうか。




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