J. S. ミル『自由論』塩尻公明・木村健康訳、岩波文庫、1971年



 北京オリンピック終了直後に、懸念されていたロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってしまいました。一日も早く、ウクライナに平和が回復されるようにお祈り致します。


 プーチン大統領の頭の中では、2003年にアメリカがイラク戦争をすることが許容されたなら、今回のウクライナ侵攻も許容されると考えているのかもしれません。ウクライナ侵攻が正当化できない侵略であるというなら、イラク戦争は正当化できる戦争であったのでしょうか。個人的にはイラク戦争も正当化できない侵略戦争であったと思います。あの時ジョージ・ブッシュ大統領に同調しなかったヨーロッパ諸国もそう考えていたのでしょう。当時のアメリカは、イラクに存在しない脅威が、あたかも存在するかのように説明し、自らの行為を正当化しようとしました。プーチン大統領もロシアに対する存在しない脅威が、あたかも存在するかのように説明し、ウクライナ侵攻を正当化しようとしたわけです。イラク戦争の時、アメリカは唯一の超大国であり覇権国家であったので、誰もアメリカに厳しい制裁を課すことはできませんでした。ならば核超大国のロシアにも破壊的な経済制裁など課すことはできないのではないか。そういう風に考えて、プーチン大統領は、危険なギャンブルに打ってでたのかもしれません。


 でもプーチン大統領の目算が外れてしまっていた面はあったのではないでしょうか。今回の出来事が、中東ではなく、辺境とはいえヨーロッパで起きてしまったということの衝撃です。中東で人が殺されるのも、ヨーロッパで人が殺されるのも、同じ悲劇です。ただ、今も国際社会の中で強い発言力を維持しているのは西側諸国です。その西側のヨーロッパ人の多くが、今回の出来事を、イラク戦争以上にあってはならない戦争と受け止めたのではないでしょうか。そしてかつてのハンガリー動乱やプラハの春の粉砕のような出来事と重ね合わせられていることも重要です。冷戦下、共産圏で起きた悲劇は、ソ連時代だったから起きたと考えられて来たのでしょう。多くのヨーロッパ人は、現在のロシアがかつてのソ連と同じようなことを、あるいはそれ以上に横暴なことをすることはないだろうと考えていたのだと思います。今、チェコもスロバキアもハンガリーもポーランドもEUに加盟しています。かつて自由と独立を蹂躙された国の人々は、プーチン大統領が今ウクライナでしようとしていることを、ぜひとも食い止めたいと願っているでしょうし、EU諸国や欧州の人々は基本的にその点で一致していると思います。


 今回のウクライナを巡る西側とロシアの対立の根底には、二つの異なる国家観があると思います。西側は、法の支配とリベラル・デモクラシー(自由民主主義)の原理をウクライナにも当てはめて対応しているのではないでしょうか。ウクライナの将来はウクライナ国民自身が決定することであって、ウクライナ国民の自由な選択権は神聖不可侵なものであり、ロシアが地政学的な事柄を理由にして侵害することは、決して許されない不正であるという理念です。それに対してロシアのプーチン大統領が主張したことは、何か19世紀のナショナリズムを想起させるようなもので、ウクライナが歴史的にロシアと不可分であるとか、ウクライナがNATOに加盟することの地政学上の脅威であると言ったものでした。欧米の政治思想の原理から言えば、諸問題の内で、最優先されなければならないのは、ウクライナ国民によって自由に表明された意志に他なりません。もしウクライナ国民が、西側諸国との連帯を選ぶのであれば、ロシアは、その歴史的な起源はどうであれ、現在のウクライナ国民の自由を侵害してはならない。この原則は、経済的な利益にも優先されるというのが、西側の指導者たちの確信であって、仮にこの自由を守るために戦うことが、経済的な不利益を被ることになるとしても、妥協すべきではないという点で、彼らは一致しているように見えます。


 一方で、恐らく多くの日本人は、このような西欧の政治思想を受け入れている訳ではないのでしょう。かつて天安門事件が起きた時、西欧諸国が一斉に中国を非難して経済制裁を加えた時、日本はそのような西欧諸国とは一線を画していました。それは中国を孤立させないという意味もあったかとは思いますが、日本人の考え方の根底には、法の支配や人権の尊重より、経済活動を優先した方がよいという発想があったように思います。人権だの自由だのと言っても、飯が食えなければ仕方がないし、あるいは殺されるリスクを冒してまで自由のために戦う必要はない。ひどい場合には漁夫の利を得てやろう。何かそういう考えが、当時も今も、日本人には広く受け入れられているのではないでしょうか。今、日本がウクライナ問題で西側に同調するのも、政治思想とは無関係に、そちら側につく方が、現在の日本にとって得策だから、利益が大きいから、ということなのだと思います。


 そんなことを考えながら、今回は、ジョン・ステュアート・ミルの『自由論』を取り上げることにしました。この本は、19世紀の大英帝国が、18世紀までの地主制国家から、より広範囲なステーク・ホルダーを包摂する議会制民主主義国家に変貌する際に、漸進的な改革を進める上での原則を明確にした書物だとされます。18世紀の英国議会の議員になるためには、イングランドに大規模な土地を所有していなければなりませんでした。ですから19世紀になって、産業化や都市化が進んでも、英国の立法者たちは地主である自分たちの利害を追求し続けていたのです。そのために社会の不満が高まりました。それで英国は19世紀を通じて選挙法改正を行い、選挙権と被選挙権を拡大して行く自由主義的改革を進めることになったのでした。


 そうした19世紀英国の改革派であり、リベラリズムを代表した人物がJ. S. ミルだと思います。ミルが本書の中で展開している重要な主張の一つは、政府が個人の自由を制限する権力を行使できるのは、その行為を行う結果が他者の利益を毀損する場合に限られなければならない、というものです。ミルは、幸福な社会とは、個々人が他人の利益を損なうことのないように留意しながらも、個人の自由が最大限に認められている社会であると信じているわけです。それは次の箇所にも示されています。


「これらの諸自由が大体において尊重されている社会でないかぎりは、その政体が何であろうとも、自由な社会ではない。また、これらの諸自由が絶対無条件に存在している社会でない限りは、完全に自由な社会ではない。自由の名に値する唯一の自由は、我々が他人の幸福を奪い取ろうとせず、また幸福を得ようとする他人の努力を阻害しようとしないかぎり、我々は自分自身の幸福を自分自身の方法において追求する自由である。各人は…各人自身の健康の正当な守護者である。人類は、自分にとって幸福と思われるような生活をたがいに許す方が、他の人々が幸福と感ずるような生活を各人に強いるときよりも、得るところが一層多いのである。」(30頁)


ミルは恐らく宗教的にもリベラリストでしたから、「各人は各人自身の…正当な守護者である」というテーゼを掲げているのだと思います。キリスト教信仰の立場からすれば、これは少し異なる言い方になると思います。むしろ「各人は地上の生活のために与えられた身体を、神の前にふさわしく管理する責任が委ねられている」という風に言い換えるべきではあります。しかし自分の健康のための最善の選択は、自己自身によってなされる可能性が高いし、その選択の自由を、他者が奪うことになる法令を定めるにあたっては慎重でなければならない、というミルの主張は、全くその通りだと思います。


 ところが、この個人の自由の尊重という考え方は、19世紀前半の英国においてはまだ、必ずしも社会通念として定着していたわけではなかったようです。当時の英国には、依然として家父長制的伝統が根強かったのかもしれません。あるいはピューリタン的、メソジスト的宗教心に動かされた人々も、ミルの論争相手であったのかもしれません。例えば安息日遵守を公共政策において実現させ、日曜労働を原則的に禁じるべきだというような、保守的なキリスト教徒たちの主張(182頁)を意識しながら、ミルはリベラル派の立場から自身の論陣を張っていたようです。


 この個人の自由の尊重という理念は、近代の主権国家の独立や自由を支える理念にも当てはめることはできます。一つの国民国家において、国民の投票によって選ばれた政府によって何らかの決定がなされる場合、その決定が近隣諸国の利益を毀損しない限り、他国はその国家の決定を尊重しなければならないはずです。そういう風に捉えるなら、今回のウクライナ侵攻は、西欧近代社会が、19世紀以来の自由主義的改革によって確立するよう努めてきた国際政治上の原則を突き崩そうとする企てであると受け止められるのも当然であると思います。


 ミルの『自由論』が訴える幸福な社会の実現のためのもう一つの鍵は、言論の自由です。この点は、以下の記述の中にも語られていると思います。


「或る人が、或る意見の誤謬性についてのみならずその意見の有害な結果について―その意見の有害な結果についてのみならず(私の全く非難する表現を仮に用いるならば)その意見の不道徳性不敬虔性―どんなに積極的な説得をしようとも、もしも彼が、彼個人の判断の遂行によって、その意見の弁護を聴かれないようにするならば、たとえ彼の国または同時代者の公的の判断を支持しているとしても、彼は無謬を仮定している。そして、問題の意見が不道徳または不敬虔と呼ばれるものであるばあいにも、このような無謬性の仮定の反対されるべきことは、豪もその程度を減じないどころか、むしろそのような場合こそ、正しく、ある世代の人々が後代の人々の驚愕と恐怖とをひき起こす・恐るべき過失を犯す場合なのである。」(52頁)


このミルの言葉は(翻訳が少しわかりにくいですが)、そのままプーチン大統領に聞かせたいような言葉です。つまり為政者の行為が無謬であるとされ、それに対する批判の声が圧殺されてしまうことは、真に幸福な社会の実現には極めて有害なのです。


 この言論の自由に関する記述には、プロテスタンティズムの、特にルターの万人祭司説が影響を与えているように思います。マルティン・ルターは、自らの主張によって引き起こされたキリスト教会内の神学的な対立に、当時の神聖ローマ帝国の領邦君主ら、世俗のキリスト者たちも関心をもつべきであり、この問題に関与することを促したのでした。聖職者ではない平信徒であっても、霊的な事柄に参与し、発言するべきであると教えたわけです。カトリック教会においては、霊的な事柄に関する問題は、聖職者階級に委ねられ、一般の信徒が発言をする機会は限られていたことだろうと思います。そしてルターが「万人祭司説」を提唱したことは、政治的・社会的ラミフィケーションをも生じさせたのではないでしょうか。もし教会の霊的な事柄に信徒も参画し、発言することがふさわしいのであれば、同じことは政治にもあてはまるはずです。政治には素人であっても、法律制定や行政に関心を持って発言し、立法府・行政府などが誤謬に陥っていると思われる場合には、それを批判する。そのような開かれた言論活動を尊重するという精神は、本来非常にプロテスタント的であると思います。


 他方、プーチン大統領のような権威主義的リーダーシップがロシアで依然として受け入れられている一つの理由は、恐らくロシア正教会の伝統と関係があるのではないでしょうか。ロシアはプロテスタント宗教改革を経験した国ではありませんし、その影響も決して大きくはありません。また1917年のロシア革命とその後の共産主義体制でさえも、ロシア人の政治神学にかかわる思想領域には本質的な変化をもたらすことはなかったようです。だから希望を込めて言うなら、ロシアは今も近代社会の形成途上にあって、産みの苦しみをしているのだと思います。今回の戦争が始まってから、ロシアでは、逮捕されることを覚悟の上で、反戦運動をした人々がいたというニュースを聞きました。私はそこに、かすかな希望を見出すことができるのではないかと思います。