J. R. R. トールキン『指輪物語 第三部 王の帰還』瀬田貞二訳、評論社、1977年


 昨年9月から「牧師の本棚」のブログを始めてちょうど1年が経ちました。今回は1年前に紹介した『指輪物語』の「二つの塔」に続く第三部「王の帰還」を取り上げようと思います。この第三部では、モルドールの大軍勢がゴンドールの首都ミナス・ティリスを攻撃します。ゴンドールの執政デネソールが正気を失う中、ガンダルフは兵士たちを率いて抵抗し、執政の子ファラミアも協力します。そこにローハンを始めとする辺境諸国が加勢し、さらに白の山脈より南の地域からアラゴルンたちが連れてきた援軍も参戦して、ミナス・ティリスを死守することができたのでした。


 一方巨大な毒蜘蛛ショロブの一刺しによって気を失い、オーク鬼に塔に捕らえられていたフロドをサムが救出します。二人は滅びの山に向けた旅を再開し、フロドはとうとう滅びの山の火口に辿り着くことができました。しかし後をつけてきたスメアルゴスに指輪を奪われてしまいます。ところがスメアルゴスは奪い取った指輪を見て耽溺している時、哀れにも足を踏み外して、指輪をもったまま奈落の底に落ちてしまうのでした。指輪が破壊されたことによって、サウロンの配下にあったモルドールの軍勢は力を失って敗走し、西方諸国の軍隊はミナス・ティリスに凱旋します。その後、それまで執政の支配していたゴンドールに、アラゴルンが王として即位するのでした。


 映画では、王の即位後の部分は、原作をかなり省略していました。しかし原作ではその後のことがかなり詳しく語られています。まず合戦で戦死したローハンの王セオデンの葬儀が行われます。それから指輪の仲間たちは、かつての戦いの場所であったヘルム峡谷とイセンガルドを再び訪れ、イセンガルドで仲間のギムリとレゴラスとは別れることになります。さらに裂け谷でビルボ・バギンズと再会した後で、4人のホビットたちは家路につくのでした。ところがホビット庄には、モルドールの残党がいて、フロドたちはそこで最後の戦いをします。平和を回復したホビット庄で、サムは結婚し、自分の息子にフロドという名をつけて幸福な日々を送ります。しかしフロドは指輪を巡る冒険の中で受けた傷がいえず、ガンダルフ、エルロンド、ガラドリエルとともに灰色港から、サム、メリー、ピピンが見送る中、船で旅立つのでした。長く波乱に満ちた物語はそのように静かに終幕を迎えます。


 不思議な力を持つ指輪を巡る物語という『指輪物語』のプロットは、多分宮崎駿のアニメ映画にも影響を与えているのではないでしょうか。例えば「カリオストロの城」も、クラリスが持っていた指輪を中心に冒険活劇が展開されていました。「天空の城ラピュタ」の飛行石にも、何か『指輪物語』の指輪を連想させるものがあります。そういう意味で『指輪物語』は、特に児童文学や幻想文学の分野で大きな影響を与えて来ました。


 でも『指輪物語』には単なる冒険物語に留まらない神学的なテーマが込められていると思います。そもそも『指輪物語』の指輪は何を意味しているのでしょうか。アメリカ人のある神学者は、指輪それ自体ではなく、指輪の力に惹きつけられる登場人物たちの姿に、聖書の教える人間の罪の性質が見事に描写されていると指摘します。人々が指輪に惹かれる姿、特にスメアルゴスが指輪に執着する姿は、聖書の教えに基づいて、全ての人の心の中ににある罪を表現しているのだと思います。


 ただ指輪の象徴するものが何であったかということ以上に、トールキンが、あえて二つの物語を交錯させる形で、この物語を展開させたことが重要ではないだろうかと思います。二つの物語とは、フロドとサムが滅びの山で指輪を破壊するまでの物語と、闇の力に動かされるモルドールの大軍勢との戦争の物語です。そして二人のホビットが指輪を破壊したことによって、モルドールの軍勢に対する勝利が成し遂げられます。そのような物語のプロットは、やはりカトリック教徒であったトールキンの信仰に由来すると思います。


 普通私たちは、戦争に勝つためには、強大な軍事力と、それを裏付ける経済力と、命がけで戦う多くの勇敢な兵士たちが必要だと考えます。けれども『指輪物語』は、ファンタジーの形で、別の可能性についての想像力を掻き立てていると思います。単に軍事力、経済力、兵士の数でいえば、モルドールの勝利は最初から定まっていたようなものです。ところが最後にモルドールを滅ぼすことができたのは、フロド・バギンズとサム・ギャムジーが滅びの山の火口に、指輪を投げ入れることに成功したからでした。二人のホビット族の男が、仲間たちなどから託された使命を忠実に果たした。そのために一人は自分の寿命を縮めることになりましたが、彼のいのちがけの生き方が、巨大な悪の力モルドールを打ち倒すことを可能にしたのでした。


 このような物語には、恐らく第二次世界大戦の時のイギリスの経験も投影されていると言えるのでしょう。ヨーロッパ全土がナチス・ドイツに席巻されたにもかかわらず、なおイギリス一国はナチスに抵抗し続けました。強大なドイツ軍を前にして、イギリスが辛うじて持ちこたえることができたのは、イギリス国民一人一人が高い士気を維持することができたからである。トールキンの創作過程には、そのようなイギリス人としての戦争体験も影響を与えていたかもしれません。


 しかしながら、二つの物語が交錯して展開し、最後はフロドによる指輪の破壊が、モルドールに対する勝利を実現したというプロットには、何よりもトールキンのキリスト者としての信仰が深く関与していたと思います。トールキンは、指輪の破壊によって、イエス・キリストの十字架の死による人間の罪の贖いの御業がどのようなものであるかを表現したのでしょう。指輪が破壊されることで、世界の悪の根源が破壊され、平和が回復しているからです。同時に、指輪の破壊は、フロドとサムの努力によっても成し遂げられたのでした。トールキンは、キリストの十字架によって罪赦される経験をした人々が、与えられた使命を全うすることによって、この世界の歴史に影響を与えることができる。そのことを『指輪物語』を通して表現した面があったのではないでしょうか。

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