E. H. ノーマン『クリオの顔: 歴史随想集』大窪愿二編訳、岩波文庫、1986年


 今回はエーリッヒ・ノーマンの『クリオの顔』を紹介します。私の本棚にある文庫本の最後のページには鉛筆で1990年12月7日という日付が書いてあります。通読してから30年が経つわけです。


 エーリッヒ・ハーバート・ノーマンは、カナダ人の歴史家、外交官でした。ケンブリッジ大学で英国中世史を学び、その後ハーバード大学のエドウィン・ライシャワーのもとで日本の近代史、特に明治維新後の近代化の歴史を研究された方です。両親はカナダ・メソジスト教会の宣教師として長野県で伝道しておられ、彼自身も軽井沢出身であったので、日本語が堪能であったのでしょう。


『クリオの顔』には、丸山真男によるノーマンの追悼文が収録されています。丸山は、戦前に一度ノーマンと会っており、戦後彼が占領軍の一員として来日し、再会した時、敗戦国の人間である丸山真男に対して戦前と変わらない態度で接していたと回想しています。また外国人の日本研究者との交流からは得るものが少ないケースが多い中で、ノーマンは違っていたとも記しています。博覧強記の教養人で世界史の豊かな知識とともに、日本語の資料も幅広く読んでいたのでしょう。


 実際ノーマンの博識ぶりは驚くべきものがあります。慶応大学で行われた講演に基づく「説得か暴力か」という文章は、言論の自由の重要性を訴える内容ですが、この中で彼は自由民権運動の指導者であった植木枝盛の『言論自由論』から「言論の自由は国家にとっても緊要である」という言葉で始まる長い文章を引用しています。ここではむしろマキアヴェッリの『ローマ史論』の言葉を紹介します。


「人民は君主よりも罪を犯すことが少なく、従って信頼できると私は信ずるのである。」(41頁)


これは古代史において、専制君主の支配する国より、共和国や民主政の国家の方が、外国との条約を順守し信義を守ることが多かったと、マキアヴェッリが述べている箇所です。マキアヴェッリでさえそう言うのだから、人民に自由な言論の機会を与える方が国家の正しい選択につながるはずであると、ノーマンは訴えているのです。


 この本に収録されている論文は、殆どが1949-55年頃に日本の雑誌に掲載されていたもので、敗戦直後の日本の読者に向けて書かれたものです。ノーマンは明らかに「進歩史観」によって歴史を見ていたという偏りはあります。それでも現代の日本人にとっても示唆に富む内容が含まれていると思います。


 収録されている7つの文章に共通点があるとすれば、二つあげられるのではないでしょうか。第一に、この本に収められている文章は、近代と前近代の転換期に関連する逸話を多く選んでいます。例えば本のタイトルにもなっている「クリオの顔」という論文は、主に17世紀のイングランド内乱(ピューリタン革命)に関連するエピソードが数多く取り上げられています。また「イギリス封建制に関する若干の問題」という文章は、イングランドで封建制の残滓が一掃されるのはピューリタン革命後であったとの言葉で締めくくられています。「ジョン・オーブリ―近代伝記文学の先駆者」では、17世紀後半の好古家ジョン・オーブリ―の『名士小伝』という書物が日本で初めて紹介されています。紋切り型の古臭い人物伝とは違う、著名人たちの人間臭い側面を伝える伝記文学が誕生した背景には、多様な人々が集まり、生き生きとした話題が縦横に飛び交うコーヒー・ハウスの出現があったとされています。最後に収められている「ええじゃないか考―封建日本とヨーロッパの舞踏病」というエッセイでは、1867年に日本全国で起きたお陰参りによる民衆騒乱によって、幕府の統制や監視が緩み、薩長と朝廷討幕派との密議も可能となり、結果的に討幕運動を勝利へと導いた面があったと解説しています。


 中世から近代へ、封建社会から市民社会へ、という歴史の転換期への関心は、ノーマン自身が、近代化を進めていた戦前の日本に生まれ、カナダ人の視点からその変化を目の当たりにしたことと関係があるのかもしれません。ノーマンは、敗戦によってさらなる変化の時代を迎えつつあった当時の日本人に、何かヒントを与えられたらと考えたのでしょう。特に戦前のような体制の抑圧に抵抗し、人間性を尊重することの大切さを、より多くの日本人に知って欲しいと願ったのではないでしょうか。


 第二に、この本に収められている論文にもう一つ共通点があるとすれば、それは歴史を学ぶことの意味を伝えようとしている点だと思います。これを正面から取り上げているのは「歴史の効用と楽しみ」という文章です。その中でノーマンは、政治権力者が歴史を知らないことの危険性について、次のように書いています。


「ムッソリーニにしてもヒトラーにしてもメロドラマ的な、かつまったく現実離れした、自己の影像と自民族の過去の影像とに熱狂的な興奮を感じてはいたけれども、歴史というものに関しては何ら真の認識をもっていなかった。とりわけヒトラーはまったく本当の意味で実に無知な人物であった。そして、大きな権力者としてさらに危険なことには、かれは歴史を理知的に学ぶに必要な知能を所有していなかったのである。」(81頁)


ここでノーマンは、権力者が歴史学に基づく知識に対して無知であることの危険性を述べている訳ですが、民主主義社会においては、歴史を学問的に学ぶことの意味が幅広く認識されることによって社会の健康が保たれる。彼は、そういう意図も込めて「歴史の効用と楽しみ」を書いたのではないかと思います。


 歴史の学びに関連する聖書の言葉としては、旧約聖書コヘレトの言葉1:9が想い出されます。「すでにあったことはこれからもあり、すでに行われたことはこれからも行われる。太陽の下、新しいこと何一つない。」現実に今、目の前で起きていることの意義や帰趨を見極めるために、過去の歴史を広く学ぶことには意味があるということを、コヘレトの言葉の著者も教えているのではないでしょうか。

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