C. S. ルイス『喜びのおとずれ』早乙女忠・中村邦夫訳、ちくま文庫、2005年


 英国ロンドンのウェストミンスター・アビーの中に、最近C. S. ルイスの記念碑が設置され、その式典の様子がYouTubeにアップロードされていました。クライド・ステープル・ルイス(Clide Staple Lewis)は、優れた英文学者であり、世界的な児童文学者であり、大衆的な神学者でもある、多彩な才能の持ち主でした。ウェストミンスター・アビーのような場所で顕彰がなされているということは、今日の英国国教会のために、ルイスの著作が非常に大きな貢献をしているからなのでしょう。日本では主に『ナルニア国物語』の作者として知られていますが、本好きのキリスト者の間では、『キリスト教の精髄』『四つの愛』『痛みの問題』『悪魔の手紙』など、彼のキリスト教著作も広く読まれています。『キリスト教の精髄』を読んで信仰をもったという方もおられることでしょう。


 C. S. ルイスは、英国はもちろん、アメリカでも多くの読者を得ています。かつてニクソン大統領の補佐官を務めて、ウォーターゲート事件に連座したチャールズ・コルソンという方がいますが、彼は政界を追放された後、キリスト教伝道者となり、刑務所に収監されている服役囚に伝道する働きを始めました。コルソンが信仰を回復するきっかけとなったのは、『キリスト教の精髄』でした。


 ルイスという人物は、北アイルランド出身ですが、アングリカンの伝統に立つキリスト者です。彼がどのように信仰に導かれたかを綴ったのが、上記の『喜びのおとずれ』(Surprised by Joy)という本です。最初この本を原作で読もうと挑戦しましたが、挫折しました。自分はそれなりに英語の勉強はしてきたつもりだったのですが、ルイスの豊富な語彙や英国文化に根差した言い回しを味わうには、自分の英語力では及ばないことに気づき、早乙女忠・中村邦生両氏による翻訳を手に入れました。


 この本を読んでいて思わされたことは、大衆神学者としてのルイスの受容の仕方は、アメリカや、日本のキリスト教会の一部では、まだ一面的であるかもしれないということです。4章で、ルイスは、パブリック・スクール進学前の予科学校(preparatory school)での経験を綴っていますが、ルイスはこの時期 (13-15歳のころ)、徐々にキリスト教信仰から離れて行ったと記しています。信仰を失った理由は、幾つかの要因が重なっていたようですが、一つの理由は、この予科学校で、ルイスは、ヴェルギリウスなどの古典文学を読むようになったからでした。彼は古典文学の魅力に惹かれて、聖書を軽んじるようになったのではありません。むしろ古典文学の教師たちの異教的文学に対する姿勢に躓いたようでした。教師たちは、古代ローマの文筆家の書いた文章の宗教的な描写が、みな幻想に過ぎないと切り捨てる一方で、キリスト教の宗教体験のみが真実であるかのように、断言していたようでした。ルイスはそのことに違和感を抱いたのです。ルイス自身の言葉によれば:


No one ever attempted to show in what sense Christianity fulfilled Paganism or Paganism prefigured Christianity. (Surprised by Joy, p. 75)


どのような意味でキリスト教が異教を成就したか、或いはどのような意味で異教はキリスト教を予め示したのか、ということを、(予科学校の教師たちは)誰も教えようとはしなかったのです。


果たして13-15歳のルイスが、どの程度自覚的にそう意識していたのか、という疑問はあります。信仰を回復したルイスが、過去を振り返って書いていることなのかもしれません。ともかく、その後、ルイスの関心は中世の伝説や神話の世界に広げられていくことになり、後に英文学者となる素地が敷かれて行きました。


 キリスト教の伝統の中には、特に古代や中世の教会にそういう傾向が強かったと思いますが、異教との接点を見出して、異教的信仰に優る信仰として福音を伝えていった面があったと思います。このようなアプローチは、新約聖書にも若干見出されるのではないかと思います。イエス・キリストは、サマリアの女に向かって、私たちは知って礼拝しているが、あなたがたは知らずに礼拝している、と語られました(新約聖書ヨハネの福音書4章22節)。サマリア人の宗教を異教に置き換えるなら、イエスは、異教徒たちのことを、「知らずに礼拝している」人々と表現されるのかもしれません。礼拝している対象を明確に自覚していない人であっても、礼拝する心それ自体を尊ぶような言い方を、イエスご自身はされていたのかもしれません。相手の宗教心を切り捨てるようなことを、イエスはなさらなかったのではないでしょうか。


 プロテスタント・キリスト教の伝統は、そのように異教と混交した信仰の弊害を克服することによって成立した面がありますので、異教の影響によって、聖書本来の教えが覆われてしまうことを警戒してきました。そのような信仰の伝統もまた、聖書に根差すものであると思います。ただルイスに関して言えば、彼の信仰は、やはりアングリカンの伝統に忠実であったとみるべきなのでしょう。つまり古代・中世以来のキリスト教のごとく、異教の中にも、一定の真理の契機を認めようとするアプローチを、ルイスは好んだ面があったのではないでしょうか。


 ついでながら、最近A. E. マクグラスによる伝記『憧れと歓びの人: C・S・ルイスの生涯』(佐柳文男訳、教文館、2015年)も出版されました。ルイスの著書だけではなく、彼のコレスポンダンスの資料も駆使して、ルイスの自伝以上に彼の年譜を正確に復元しようとした本で、こちらもお奨めです。

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