山室信一『キメラ: 満洲国の肖像』(増補版)中公新書、2004年 [初版1993年]


 今年の9月11日で、アメリカの同時多発テロ事件が発生してから20年が経ちました。その直前には、アメリカ軍のアフガニスタンからの完全撤退がなされ、数万の人々がカブール空港から脱出しようとする様子が連日報道されていたことは記憶に新しい所ではないでしょうか。そもそもアフガニスタン攻撃の時点から、アメリカ政府内には、戦争の目的を巡って二つの立場が対立していたのだそうです。一方はこの機会にアフガニスタンに民主的な親米政府を樹立するべきだという立場、そしてもう一方はアフガニスタン攻撃の目的をテロ組織の撲滅に限定すべきであるとする立場でした。当時のブッシュ大統領は、前者を目標に掲げて戦争を始めてしまったのでした。


 最近『ヴァイス』という映画を観ました。ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領であったディック・チェイニーを描いた、事実に基づく映画です。これを観ると、2000年の大統領選挙において共和党はアメリカ国民を欺いていたことがわかります。本来は大統領の権限であるはずの領域を、ジョージ・W・ブッシュは裏取引で副大統領に委ねることを事前に約束してしまい、その密約に基づいて、チェイニーを副大統領候補に抜擢したのでした。その副大統領は、9.11テロの直後からイラク攻撃の方針決定に関して重要な役割を果たしました。かつて上司として仕えていたラムズフェルド国防長官らの主張を大統領に受け入れさせるように導いたのだそうです。そうであれば、アメリカの立憲主義的な民主主義体制は、トランプなどが登場する以前から、すでにかなり骨抜きにされていたことがわかります。アメリカのような民主主義を目指すべき目標と考えていた者にとっては、『ヴァイス』という映画は、見終わって暗澹たる思いにさせられる映画でした。せめてもの救いは、アメリカではこういう映画を製作し、公開する表現の自由が存在する、ということ位でしょうか。


 米軍の撤退が決まった後の、カブール空港に集まった群衆を見て、日本の敗戦後の旧満州国や北朝鮮に取り残され、筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めた当時の在留邦人のことを思い起しました。その中には両親とともに帰国することができず、中国残留孤児として戦後30年以上もの間、異国の地で想像を絶する苦しみを経験した多くの幼い子供たちもおりました。またアメリカの支配に協力をしたためにタリバン政権からの報復を恐れるアフガン人の姿は、そのまま戦前に親日派として、大日本帝国の大陸政策に協力してしまった中国人たちの姿に重なります。彼らの多くは共産党政権樹立後、特に文化大革命の時代に厳しい迫害にさらされることになったそうです。加えて満州国の財政を支えていたのはアヘンによる収益でした。この事実も、けしの栽培が全土に広がってしまっている現在のアフガンと重なるように思います。アフガニスタンのような、近代社会の理念に基づく制度が根付いていない場所に、親米民主主義政権を樹立しようとする企ては、かつて日本が満州国を建国し、五族協和の王道楽土などという空疎なスローガンに基づいて傀儡政権を樹立し、植民地支配を試みたことと重なるような気がします。


 今年の9月18日は満州事変の引き金となった柳条湖事件から90周年の日です。以前このコーナーで、私たちの世代は負の遺産を引き継いでいると書きましたが、謀略による満州事変と傀儡政権における搾取と暴行こそは、日本人が、今後長きにわたって負わなければならない重い負の遺産の一つです。それはアメリカという国が、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争と言った負の遺産を背負わなければならないのと似ています。ただ満州国の遺産が、アメリカの負の遺産よりも重い面があるとすれば、それはこの遺産が、21世紀の覇権国家となりつつある中国との関係における負の遺産であるという点に尽きます。私たちの先輩たちは、近代化の遅れていた中国の人々の潜在的な力を過小評価し、また差別的に中国人を見下していたために、恐ろしく検討違いな決断をしてしまい、その結果、後代の我々日本人に大きな負担を負わせることになったのでした。


 しばらく前に、満州国の歴史を解明した『キメラ』という新書が出版されて話題を呼びました。キメラというのはギリシャ神話に出てくる怪物で、ライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つとされた架空の生物です。ライオンとは関東軍、山羊(羊)とは天皇制国家、そして毒蛇(龍)は中国皇帝あるいは近代中国を象徴する、という意味で、この怪物の名前が著書のタイトルに選ばれたのだそうです。


 著者によれば、満州国の建国によって命を奪われた無辜の人々の数は、数百万に及ぶ可能性もあると推測されています。つまり満州国という国家そのものが、現地の人々にとっては、銃剣を突き付けられて服従を強制された、収容所国家のようなものであったと言えるのかもしれません(8-9頁)。残念ながら満州国の歴史を書くことは容易でないそうです。困難である最大の理由は満州国の行政文書の大半が敗戦直後に焼却されてしまっているからです。重要な統計などの多くは欠落しているものの、残されている資料から、ある程度の全体像をこの本は描きだします。しかし本書の歴史叙述を読むだけでも、1931年当時の関東軍の参謀たちが、いかに浅薄な思慮に基づいて、誇大妄想ともいえる愚行に乗り出していったのか、その経緯をたどることができます。


 満洲事変のグランド・デザインは、石原莞爾によって描かれたとされます。彼はどういう訳か東京裁判で被告人となることはありませんでしたが、彼こそは戦前日本を破局へと陥れる最初の原因を作った人物でした。彼はなぜ満州国が日本にとって必要であると考えたのでしょうか。それは日本が、日露戦争などで獲得した中国での特殊権益を守り通すためには、最終的に対米戦争が不可避であるという見通しを持っていたからなのだそうです。そして対米戦争をするために、日本には資源供給源として満洲がどうしても必要である。それが石原莞爾の満州占領の動機でした。当時アメリカ資本の中国への流入によって、日本の権益が脅かされつつあったのでしょう。中国人の多くが、日本より、アメリカと組む方が得策だと考えたのは当然です。そういうアメリカの影響を食い止めるために満州を武力で制圧しなければならない。それが石原の考えでした。ただこういう国家戦略は、本来中枢機関によって検討されるべき性質のものですが、中央から遠く離れた関東軍の作戦参謀によって立案・実行され、それを制御することができなくなってしまいました。明治憲法に基づく大日本帝国は、植民地帝国を確立し、それを維持するための統治機構もなければ、人材も十分には備わっていなかった訳です。しかも石原が行ったような独断を許容してしまう土壌は、そもそも明治維新の中に胚胎していたのではないでしょうか。石原莞爾の姿は維新に突き進んだ長州藩急進派の姿にも重なります。


 本書の中で、一番強く印象に残った箇所は、満州国にかかわった親日派中国人指導者が、軍事を関東軍に委ねる「不養兵主義」を掲げていたことを説明する以下のくだりです。


「中国では軍閥の跳梁や軍費の増大に対して、『裁兵』という軍備縮小論が孫文をはじめ、つとに論議されていたし、王道政治の重要な一環として軍隊を持たないという主張も、決して丁冲漢だけのものではなかったという点である。…しかしながら、その不養兵主義を貫くために戦争遂行を至上課題とする軍隊である関東軍に国防を全面的に委任したところに、この不養兵主義理念の矛盾とイロニーがあったとみなさざるをえないであろう。だが、翻って考えてみれば、不養兵主義という平和主義を理念に掲げつつ、国防を他国に委任し自らの国土を戦略基地として提供するという構図は、どこか戦後日本が選択した方向と似通ってはいないであろうか。大いなるイロニーはけっして丁冲漢ひとりのものではなかったし、それを過去のこととして笑殺し去ることもできないようにも思われるのである。」(87-88頁)


軍事力をアメリカに依存し、外交上の自由を制限されるようになった戦後日本の姿は、確かに満州国に重なります。戦前の大日本帝国は傀儡政権を守るために超大国との無謀な戦争を始めてしまい、その結果、自分がかつて傀儡国家に課していたくびきを、今度は自分が負わされることになりました。これは単に歴史のアイロニーであるだけではなく、現在の日本という国家の姿を見つめ直す上で、重要な指摘であると思います。


 著者の山室信一という方は、別にキリスト者ではないのですが、冒頭で旧約聖書の詩篇37:29の言葉を引用します。「正しい人は地を受け継ぎ、いつまでもそこに住む。」この言葉は、本来、信仰ゆえに神の前に正しいとされたイスラエル民族の祖アブラハムに約束されたカナンの地、パレスチナの土地に関して語られている言葉でしょう。信仰によって正しく歩むものこそが約束された相続地への居住を確立できる。そういう教えです。でも著者が、この詩篇の言葉を満州国に関して引用することも適切だと思います。この言葉が教える原則は、別に古代イスラエル国家にのみに当てはまるという訳ではありません。軍事力、経済力、様々な意味での科学技術的優位さえあれば、新しい国家建設は可能である。それが満州事変を起こした日本人の考えであったのでしょう。彼らに決定的に欠落していたのは、正統性(正当性)の裏付けのない支配の脆弱性を理解し、現実を直視する能力でした。そしてこの詩篇の引用は、現在の私たちにとって、より重要な課題について考えるように促しているとも思います。現在の日本と言う国の基盤となる正統性(正当性)は一体何なのかという、より切実な問題を考える上でも、この本を読むことには意味があるのではないでしょうか。