宮沢賢治『銀河鉄道の夜』岩波書店、1963年


 昨年秋に劇場公開された『鬼滅の刃: 無限列車篇』をご覧になった方もおられることでしょう。蒸気機関車と客車に取りついた手強い鬼に、竈門炭二郎を始めとする剣士たちが立ち向かい、乗客のいのちを救おうとするお話です。列車は夜の田園地帯を走るのですが、原作者は松本零士の名作『銀河鉄道999』を意識しているように思います。そして松本零士が宇宙に蒸気機関車を走らせるという着想を得たのは、言うまでもなく宮沢賢治のこの童話からでした。『銀河鉄道999』がテレビで放映されていたのは、私が中学生の頃でした。当時中学校には、指導が厳しく、生徒たちから敬遠されていた理科の先生がいたのですが、この先生は「蒸気機関車が宇宙を走るなんていうのはナンセンスだ」とクラスの中で話していました。勿論そうではあるのですが、想像力豊かなアイディアを最初に思い付いたのは、松本零士ではなく、宮沢賢治であったことを、先生は忘れていたような気がします。


 今月宮沢賢治を取り上げることにしたのは、9月21日が賢治の命日だからです。宮沢賢治の作品を最初に読んだのは、小学5年か6年の時でした。国語の教科書に、短編集『銀河鉄道の夜』の冒頭に収められている「やまなし」が掲載されていました。図工の時間には、この短編の一場面を描くようにという課題が与えられ、私は出来の悪い絵でしたが、川床にいる沢蟹と川に落ちた山梨を描きました。クラス担任の先生は山形県出身の方で、同じ東北人として宮沢賢治を尊敬していたのでしょうか。「やまなし」が国語で取り上げられた時、有名な「アメニモマケズ」の詩を私たちに紹介して下さいました。そんなことから、私は当時家の近くにあった小さな書店に行き、文庫棚にあった『注文の多い料理店』という短編集を見つけて購入し、読んでみたものでした。ただ当時の私は賢治の童話の奥深さを鑑賞するにはあまりにも未熟で、アレクサンドル・デュマの小説を児童向けにした本や、やはり子供向けに編集されたアルセーヌ・ルパン・シリーズなど推理小説や冒険譚の方にばかり興味があったので、賢治の本はそれ以上読まなくなりました。そんな訳で『銀河鉄道の夜』を読んだのも、だいぶ後になってからのことです。


 花巻市には宮沢賢治記念館という観光スポットがあります。テーマパークのような場所で、自然豊かな敷地内には「注文の多い料理店」という名のレストランがあったり、賢治の童話に出てくる植物の標本などが展示されていたりします。家族で一日過ごすには楽しい場所でした。子供たちがまだ小さいころ一度訪れたことがあるのですが、一つ残念だったことは、宮沢賢治の直筆原稿などは残されていないことです。賢治の生家は花巻空襲の時に焼失してしまい、賢治ゆかりのものは失われてしまったのだそうです。花巻は旧盛岡(南部)藩の最南部ですから、私の妻の実家のある一関市とは言葉も文化も異なるようです。それでも賢治の足跡は、妻の故郷の近くにも残されていて、「石と賢治のミュージアム」という施設が一関市東山町にあります。遠くから賢治ファンが訪れる場所の一つだそうです。


 それ程まで人を惹きつける彼の作品の魅力はどこにあるのでしょうか。私は宮沢賢治の童話を読んだだけですが、世界に対して開かれた心と、その心から生み出される想像力豊かな世界が宮沢賢治の魅力ではないかと思います。彼の描く世界は、近代的・科学的な知見と日本古来の仏教的世界観や自然観等が融合されて、素朴で精妙な雰囲気を醸し出していて、他の近代日本の文学作品にはない味わいがあります。「銀河鉄道の夜」の主要登場人物の名前は、ジョバンニ、カンパネルラ、ザネリなどと名付けられていますが、皆片仮名表記で外国人のような名前ですし、お話の背景となる星祭り(ケンタウル祭)も、日本というよりは異国のお祭りのように感じられます。花巻と言う地方都市におりながら、賢治という人のイマジネーションは、自然科学の知識や外国の文物に関する情報を取り入れた無国籍な世界を創り出すことができたのでしょう。


 「銀河鉄道の夜」は、ジョバンニが学校で銀河について習った日の夜の出来事でした。その夜には星祭りもありました。しかしジョバンニは祭りで賑わう町を通り過ぎて、病弱な母のために牛乳を買いに行きます。牛乳を待っている間、野原でうたた寝をしていた時に、ジョバンニは夢を見ます。夢の中でジョバンニは親友のカンパネルラと一緒に銀河鉄道に乗っていました。この列車(乗り物)とは仏教の教えの比喩なのだそうです。ところが興味深いことに、銀河鉄道の旅には、度々キリスト教的なモティーフが現れます。というよりも、この銀河鉄道の旅に描かれる光景や登場する人々の多くは、仏教徒宮沢賢治から見たキリスト教の世界だと言っても過言ではありません。銀河の旅は北極圏の空に見える北十字から始まりますが、このあたりを列車が走る場面では、バイブルと数珠をもったカトリック教徒と思われる人々が登場します。また途中、青年と少年と少女の三人組が客車に入ってきます。この三人は、明らかにタイタニック号の事故で亡くなった犠牲者をモデルとしていました。タイタニック号が海に沈む前、甲板では讃美歌「主よみもとに近づかん」が歌われていたとされますが、この青年も同じ証言をします。彼らは今こうして銀河鉄道の乗客となっているのですが、それは彼らが他者を押しのけてまで救命ボートに乗ろうとはしなかったからでした。やがて十字架の丘の見える南十字星のステーションに到着すると、そこでこの三人は列車を降りるのでした。十字架の立つ丘では、イエス・キリストとおぼしき方が下車した人々を迎えます。さらにしばらく列車が走り続けると、今度はジョバンニの親友であるカンパネルラも座席から見えなくなり、列車から降りてしまうのでした。やがて夢から覚め、町に戻ると、ジョバンニは悲しい事実を知らされます。ザネリが川に入って溺れた時、助けようとしたカンパネルラが行方不明になってしまったというのです。つまり銀河鉄道からカンパネルラが先に下車したのは、カンパネルラがザネリのために自分のいのちを犠牲にしたからだったのでした。


 「銀河鉄道の夜」は仏教思想に基づいて、人間の本当の幸せとは何かを描いた物語だそうです。銀河鉄道は輪廻転生の比喩でもあると言われます。そして銀河鉄道から下車するということは、恐らく輪廻転生から解脱することを意味するのでしょう。客船事故で亡くなった三人が十字架の丘の見える場所で下車したというのは、つまりキリスト教信仰によって救われた三人が、あたかも仏教の解脱のように救われて、イエス・キリストのもとに帰ったという風に描かれている訳です。友のためにいのちを捨てたカンパネルラも涅槃に到達したのでしょう。意地悪なザネリを助けるために自分のいのちを投げ出したカンパネルラの姿は、罪人の救いのために十字架にかけられたイエス・キリストを連想させます。ですから『銀河鉄道の夜』は、仏教的な死生観・救済論とキリスト教的な救済論が融合して生み出された宗教的なファンタジーであるといえます。


 一キリスト教徒としては、キリスト教の救いが輪廻からの解脱の一種として描かれていることに抵抗を感じないわけではありません。しかしその一方で、イエス・キリストが示された、他者のためにいのちを捧げる愛の尊さに、賢治は感銘を受けて、この物語を書いたのだろうとも思います。そういう意味では、この宗教的ファンタジーは非常にキリスト教的です。賢治は、新約聖書の次のような言葉に惹きつけられたのかもしれません。「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネの福音書15:13)そして賢治はこう言おうとしているのではないでしょうか。イエス・キリストの教えに導かれた人々のように、人のためにいのちを捨てるほどの犠牲を払った人々こそが、永遠の相のもとで真の幸福に至る存在である。この童話を読む限りにおいて、宮沢賢治がキリストの福音を肯定的に捉えていたことは確かであると思います。