宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書、2000年


 大学時代にはよく神田の古本屋街を歩き回っていたので、1980年代後半の神保町界隈は、今も懐かしく思い出されます。よく通った古書店もそうですが、当時は、松屋もすき屋もなく、路地裏に入ると、昔から学生相手にやっている、安くてボリュームたっぷりの食堂が結構残っていました。1990年代以降に進められた金融自由化や規制緩和によって、日本の経済も国際的な金融資本の影響を強く受けるようになったからでしょうか、どこの町を歩いても、昔ながらのお店が少なくなり、チェーン店ばかりになってしまったような気がします。以前は、そういう変化は仕方がないし、経済のためになるのならそれでよいと考えていました。でも年のせいか、昔の街並みが懐かしく感じられます。


 今回紹介する『社会的共通資本』という本はインターネットのニュース番組を通して知りました。だいぶ前ですが著者の宇沢弘文先生が出演され、お話をされていたからです。社会的共通資本とは、国家や社会が公益のために維持している自然環境や諸制度のことで、市場経済に基づく生産活動が安定的に行われるための諸条件を満たすものです。この宇沢先生の本は、1980年代から日本の政府が進めてきた新自由主義的政策が、日本の社会的共通資本を破壊する危険性があると警鐘を鳴らしていた本です。宇沢先生は、新自由主義経済学を提唱したシカゴ学派の本拠地であるシカゴ大学で数理経済学を研究されていたものの、その理論が応用される際の非倫理性に幻滅し、その後シカゴ学派を批判するようになった方だそうです。


 現在流行している新型コロナ・ウィルスにより深刻な影響を受けている国々と比較して、日本が医療崩壊を免れているのは、戦後日本が築き上げた国民皆保険制度や医療制度、また保健所を中心とする公衆衛生制度など、日本の重要な社会的共通資本が、最低限保たれていることと無関係ではないのでしょう。


 ただ残念ながら、宇沢先生の危惧されていた事柄の多くはかなり現実のものとなっているのではないでしょうか。社会的共通資本としての日本の農業の危機は、以前から訴えられていましたが、現在はさらに厳しい状況に置かれています。一時期まで、世界最高水準を誇っていた公教育制度も、近年は学校や教師に対する要求の肥大化にもかかわらず、教育予算は抑制され、ほころびが目立つようになっていると思います。また地球規模の環境破壊や地球温暖化の問題は一層深刻になっていますが、この問題に関して、宇沢先生はすでに1974年に『自動車の社会的費用』(岩波新書)という本の中で、自動車の環境への負荷に警鐘をならしておられました。


 環境問題が話題になると、批判の矛先は、西欧に始まる近代資本主義システムや科学技術文明とともに、プロテスタント・キリスト教に向けられることがあります。日本人のように、アニミズム的な世界観をもち、自然界には霊魂が宿り、人間も動物として自然の一部であるとする自然観・宗教観を回復することが、環境破壊を食い止めるために必要であるというメッセージも、最近ではよく聞かれます。「地に満ちて、これを従わせよ」(旧約聖書創世記1:28)と命じられる聖書の神は、人間が自然を支配することをよしとされているので、そのような神観・自然観の影響を受けたキリスト教、特にプロテスタント・キリスト教は、現代の環境問題の原因の一つであるとさえ看做されることがあるのではないでしょうか。マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)のテーゼ(プロテスタント的エートス[勤勉・節約]が資本主義社会の形成を促した)に言及する方々もおられて、プロテスタント信仰に立つ者としては肩身が狭く感じられるようになりました。


 社会学者のウェーバーに対して歴史学の立場から応答した、リチャード・ヘンリー・トーニーの『宗教と資本主義の興隆』(岩波文庫)という本があります。トーニーは20世紀前半に活躍した英国の経済史家でした。建前上利子を禁止していた中世カトリック教会と比較して、プロテスタンティズムは確かに利子を容認しました。プロテスタント・キリスト教の姿勢が、飽くなき利潤追求を目指す「マモンの崇拝」に対して、カトリック教会よりは許容的になってしまったことは否定できないのかもしれません。けれども近代資本主義システムを生み出し、制御困難なまでに巨大化させてしまった誘因は、信仰や自然観というよりは、むしろ人間の過剰な貪欲さにあるのではないでしょうか。これは大学時代の恩師から教えられたことですが、トーニーの著作も基本的には同じことを指摘していると思います。


 貪欲を戒める聖書箇所は枚挙にいとまがありません。「金に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。」(新約聖書ヘブライ人への手紙13:5)「食べる物と着る物があれば、私たちはそれで満足すべきです。…金銭の欲が諸悪の根源だからです。」(新約聖書テモテへの手紙第一6:8-10)そのような聖書の言葉に従って歩もうとするならば、資本主義システムの中に生きるとしても、社会的共通資本を犠牲にしてまで短期的利益を追求するようなことを、よしはとしないはずだと思います。

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