奥田知志『いつか笑える日が来る』いのちのことば社、2019年


 今年の3月11日で東日本大震災から9年になりますが、この本の著者の奥田知志牧師は、公益財団法人共生地域創造財団の代表を務めておられ、この団体を通して、震災後、北九州市から宮城県の蛤浜(はまぐりはま)という小さな集落のために、継続的な復興支援活動を行ってこられました。震災後の支援が一段落すると、さらに、この地区の特産品である牡蠣の養殖事業の再生を支援するという形で、小集落の復興支援を継続されてきたのだそうです。本のタイトルは、蛤浜で出会われたご夫妻から聞いたことば、「生きていれば、きっと笑える日がくる」からつけられました。


 このご夫妻は、震災や津波のために家財の一切を失ってしまいましたが、支援のために北九州からやってきたボランティアの方に、この言葉を自らに言い聞かせながら生きているのだと話しておられたそうです。奥田牧師は、ご夫妻の試練に耐える姿を通して、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」という新約聖書のイエス・キリストの言葉が思い起されたとのことでした。


 奥田先生は、東八幡キリスト教会の牧師であられますが、牧会の働きとともに、長年、ホームレスの救済活動に取り組んでこられました。この本には、その働きを通して出会われた方々の生き様が綴られています。それらの文章は、何か現代の日本の社会が抱える闇の中に、光を灯そうとするような、そんな文章のように感じられました。


 この本の中で、一番印象的であったエピソードは、奥田先生たちが、ホームレス・シェルターを始められる時の出来事を記した箇所でした。先生は、長年、ホームレスの方々が生活保護を受給できるように、行政機関との交渉を続けてこられたのですが、行政機関はなかなか動いてくれませんでした。それで自らの手でホームレス・シェルターを作り、運営をするようになりました。住所が定まれば、生活保護の受給資格を満たすからです。シェルターを始める時、最初民間のアパート5部屋を借り上げることができたそうですが、わずか5部屋に70名もの応募があったそうです。全員を受け入れたかったのですが、そうすることはできませんでした。炊き出しに集まったホームレスの方々に、「最初は高齢者や病気持ちの方を優先します。」そう説明すると、集まった方々からは、不満の声ではなく、「がんばれ」との励ましの声が上がったそうです。このシェルターに受け入れられた方々の内、90%の方々は、その後シェルターを出て、社会復帰し、一般の住宅に住まわれるようになっています。


 牧師であり、複数のNPO法人を運営され、大変大きな責任を負っている方でありながら、奥田先生は謙遜な方でもあると思いました。先生は、ホームレスの方々と接する中で、様々な問題を抱えている方々に、自分自身の弱さと同じものを見出すと書いておられます。そのように自分を内省する謙遜さがあればこそ、このような難しい働きを、継続され、多くの成果を上げてこられたのだと思わされました。


 この本の副題は「我、汝らを孤児とはせず」です。これはイエス・キリストが、十字架で亡くなる前に、弟子たちに言われた言葉でした。「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません」(新約聖書ヨハネの福音書14:18)この言葉も本のテーマとかかわりがあります。人に生きる力を与える言葉をかけられるのは、そばにいる家族であり友人である。ホームレスの方であっても、援助者を求めているのではない、友達を求めているのである。そう書いておられました。私も牧師をしていますから、何とか人を助けなければというような強迫観念にかられてしまい、おしつけがましい言い方をしたり、上から目線で言葉を発したりするようなことを繰り返しているかもしれません。そのことに気づかされました。このような奥田先生の言葉も、長く路上生活者たちとかかわりをもって来られたからこそ書けるメッセージだと思います。そして奥田先生が、孤独を感じている人とかかわりをもとうとする理由は、何よりも、このイエス・キリストの言葉、「我、汝らを孤児とはせず」を自ら実践しようとしているからではないでしょうか。

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