大江健三郎『ヒロシマ・ノート』岩波新書、1965年


 8月になると、やはり75年前の敗戦について触れざるを得ないと感じます。今回は大江健三郎の『ヒロシマ・ノート』を取り上げることにしました。私はまだ広島の原爆資料館などに行ったことはありません。原爆のもたらした被害の実態について、一人の日本人として無知であって良いはずはないのですが、正直に言えば、これまでそれ程積極的に知ろうとはして来ませんでした。この『ヒロシマ・ノート』を読んだのも最近のことです。


 これは大江健三郎が、1963年の夏から一年半余りの間に、何度も広島を訪問し、そこで経験した出来事や、そこで出会った人々について書いた随筆です。原爆投下から18年、あるいは19年という時間が経過してから書かれています。またこの随筆は、原水爆禁止運動の発足から、8年ないしは9年後の時点で執筆されました。


 被爆・敗戦から10年後に原水爆禁止運動が始まり、それまで発言の機会が与えられていなかった被爆者たちに、自分たちの受けた苦しみについて、公の場で発言する機会が与えられるようになりました。『ヒロシマ・ノート』に収められている文章は、最初『世界』という雑誌に寄稿されていたのですが、これらの文章が雑誌に掲載されていたころ、原水爆禁止運動には対立が生まれ、当初の理念とは裏腹に、運動は停滞し、分裂状態に陥っていました。この随筆は、核廃絶に向けた運動の挫折を目の当たりにした作家が、平和運動の継続のために、また人々の関心を取り戻すために、被爆から19年の間、一貫してこの巨大な悪の力に抵抗した人々、それによって人としての威厳を示し続けた少数の人々の存在を伝えようとして、書かれたのではないかと思います。


 この新書の初版は1965年ですが、私が購入した時点で既に81刷を重ねるロングセラーです。書かれた時に起きていたタイムリーな出来事を記述するものでありながら、その視点や描写が冷静かつ的確だからこそ、時代を超えて読まれているのでしょう。今我々は、あの震災と津波によって引き起こされた福島第一原発事故の9年後という時点に立っていますが、原発事故と放射性物質による汚染が招いた現在の問題にも通じるような描写が、この本にも見出されました。半世紀前の文章でありながら、今も色あせない随筆だと思います。


 原爆とその後の出来事の本質を理解するために、大江健三郎は、アルベール・カミュの『ペスト』を手掛かりにしているように思います。他にもこの随筆に影響を与えた文学作品はあるのかもしれません。一か所、旧約聖書創世記のノアの大洪水についての言及もありました。ただ残念ながら、その言及は否定的なものでした。「しかし(ノアの大洪水で人類に裁きを与えた)こうした神とは卑劣な神ではなかったか?」(114頁)つまり大江健三郎は、ノアの洪水をもたらした聖書の神と、核保有国の指導者たちとの間に類似性があると感じているのだと思います。広島の被爆者たちの、特に医療関係者たちが生命のために行った懸命の努力によって、被爆地に希望が生まれつつあることに安住し、原爆投下のもたらした被害の深刻さを自国民に伝えようとせず、核兵器を開発し保有し続けることの非倫理性を認めないで、巨大な悪の力に頼って国家の利益を増進させようとするような権力者たちの姿勢と、大洪水後にノアとその家族が世界に増え広がることを見通して、大洪水を引き起こした聖書の神の姿勢との間に共通する卑劣さを感じるというのです。無論それは大江健三郎が聖書の教える神の存在を認めないからですし、彼が問題視しているのは、聖書の神というよりも聖書の「神話」を書いた古代ヘブライ人の思想ということになるのでしょう。そして恐らく大江健三郎の目には、当時もまた現代においても、そのような聖書の記事を字義通りに信じるとされる人々と、核兵器の保有を正当化する人々がしばしば重なっているように映るからなのでしょう。


 しかし聖書の神を信じる者として思うことは、かつて神が大洪水をさばきの手段として用いたと聖書は書いているものの、原爆投下は神の裁きであったわけではない、ということです。原爆による被害と聖書の大洪水には、確かに類似性はあるかもしれませんが、同じであるとは言えません。ホロコーストがユダヤ人に対する神の裁きであるとは言えないのと同じように、原爆投下も神の裁きであると言うことはできないと思います。


 とはいえ、この本を読み終えて、改めて気づかされたことがありました。その一つは、被爆国のキリスト者たちが果たすことを期待されているはずの使命です。我々は被爆の現実を、他国の人々以上に知りうる立場に立っています。そうであれば、日本人のキリスト者に求められていることは、筆舌に尽くしがたい被爆の現実を、核保有国のキリスト者たちに知ってもらうべく努力をすることなのだと思います。


 戦後50年の年、1995年の8月に、お世話になった宣教師の先生と一緒に、10日間ほどアメリカのミシガン州を旅行したことがありました。その期間に、宣教師を送り出していた教会の信徒の方などと一緒に、ミシガン湖近くのオート・キャンプ場で2泊ほどキャンプをしました。ちょうどその数日前に、アメリカでも太平洋戦争や原爆投下についてのドキュメンタリー番組が放送されていたようでした。一緒にキャンプをした保守的なクリスチャンの方は、番組を見た感想として、やはり原爆投下は日本を降伏させるために必要だったと思う、と話しておられました。長崎の原爆投下とほぼ同時に、ソ連軍が満州に侵攻したことも、当時の日本の指導部が降伏を決断する上で重要な要因であったのではないか。あるいはソ連の参戦だけでも日本は降伏した可能性はあったのではないか。私はそういう反論を試みたのですが、英語が稚拙だったからでしょうか、その方は受け入れてはくれませんでした。


 核兵器を使用することの悪について、残念ながらいまだに多くの人々が正しい認識を持っているわけではありません。その非人道性を幅広く訴えることは困難な面もあるでしょう。けれども『ヒロシマ・ノート』に紹介されている重藤医師のように、原爆の後遺症に苦しんだ人々のために、献身的に医療に取り組んだ人々の生き様に触れるならば、日本人に託されている使命は自ずと明らかになるのではないかと感じられました。

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