中村哲・澤地久枝『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』岩波書店、2010年


 今週亡くなられた中村哲医師の書かれた本は他にも多くあると思いますが、手元にある一冊を紹介したいと思います。


 これは中村医師が書かれた本というよりは、作家の澤地久枝さんが、中村医師との対談を希望され、その対談をもとに出版された本です。中村医師が帰国されている間、多忙なスケジュールの合間に対談がなされ、その対談に基づいて原稿が起こされたようです。つまりこの本は、澤地久枝さんという方が、中村医師の活動を、少しでも多くの方々に知って欲しいと願って出された本でした。出版されたのは、当時の鳩山内閣がアフガン復興のために50億ドルを拠出すると決めた時期でした。澤地久枝さんは、そのようなタイミングで中村医師の活動を紹介することを願われたのでしょう。


 ニュースでも報道されていたように、中村哲医師は、当初は日本キリスト教海外医療協力会というNGO団体を通して派遣された医師でしたが、アフガニスタンの人々の健康のためには、単に医療活動に働きを限定していては不十分であると考えられ、衛生的な飲料水のための井戸掘り事業や、さらには農業用の灌漑用水路のプロジェクトを進められ、アフガニスタンの医療支援のみならず、農業振興などにも大きな貢献をされた方です。この本では、特に中村医師を派遣しているペシャワール会が、近年取り組んで来られた灌漑用水路の建設プロジェクトのことが詳しく紹介されていました。


 そのような中村医師の援助活動は、旧約聖書でしばしば使われる「シャローム」という言葉を思い起こさせる面があるように思います。ヘブライ語の「シャローム」は、平和という意味ですが、その意味するところは、単に戦争のない状態にとどまらず、経済的・物質的な充足や健康をも意味します。ヘブライ語などのセム語を使用する人々は、平和であること、物質的に充たされていること、健康であること、それらは互いに密接に繋がりあっていることを認識してきたのでしょう。だから「シャローム」という単語に、そのような意味領域が形成されて行ったのだと思います。


 この本のあとがきで、中村医師がこんなことを書いておられました。


「私は九州と東部アフガンしか知らない田舎者である。人は自分が生きた時代と地域の精神的な気流の中でしか、言葉を発することができない。だが、どんな小さな村や町も、世界の歴史の反映ではある。二十五年前、遠いお伽の国の話だと思っていたことが、一人の日本人としてこれほど身近になったことはなかった。世界中で『グローバル化』の功罪がささやかれるが、その不幸な余波をまともに受け続けているのが、この国である。『アフガニスタン』は、良きにつけ悪しきにつけ、一つの時代の終焉と私たちの将来を暗示している。」(239頁)


 ここで中村医師が「グローバル化」の功罪という言葉で意味していることが何であるのか、気になりました。その言葉の意味内容には幾つかの事柄が含まれるのだと思われますが、今回のテロ事件もグローバル化の負の側面を映し出す出来事であったと言えるかもしれません。またこの本が出版された当時から既に、アフガンも異常な干ばつに見舞われていました。地球温暖化による気候変動は、アフガンの貧しい人々の住む地域にも突き付けられている深刻な課題なのだと思います。そしてアフガニスタンという国は、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻に始まり、ソ連軍撤退後の内戦や、その後の9.11テロに伴う米英軍による攻撃、そしてNATO軍の長期間にわたる駐留など、40年以上もの間、出口の見えない戦争に苦しめられてきました。そのようなアフガニスタンが、私たちの将来を暗示する。そう書いておられた訳ですが、中村医師は、21世紀という時代が、私たちにとって困難な時代となりつつあることを予告されていたのでしょう。我々には、そのような課題に伴う重荷を背負う覚悟が求められている。そう語られているような気がしました。

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