ローラ・インガルス・ワイルダー『大草原の小さな町』谷口由美子訳、岩波少年文庫、2000年



 中学生になるころまで、私の母は子供の視るテレビ番組をコントロールしていました。母が許してくれた数少ないテレビ番組の一つに「大草原の小さな家」がありました。女の子が主人公のドラマでしたからあまり興味がもてなかったのですが、母や姉は好んで見ていました。本当は仮面ライダー・シリーズや戦隊ヒーロー・シリーズなどを見たかったけれども、そういう番組は見せてもらえなかったので、仕方なく付き合っていました。

 ところが最近YouTubeで一部を見返して、とても良くできたTVドラマであったことを再認識しました。制作したのはアメリカのNBCテレビですが、NBCは「大草原の小さな家」を放映する前に「ボナンザ」という西部劇シリーズを作っていました。この「ボナンザ」の出演者の一人であったマイケル・ランドンが中心となって企画が生まれ、制作スタッフがほぼそのまま「大草原の小さな家」に横滑りしたようです。ローラのお母さんのキャロラインを演じたのはカレン・グラスリーという女優ですが、彼女自身はフェミニストで、「大草原の小さな家」に出演する前は、イギリスで舞台俳優を目指していたそうです。初めて制作現場に入った時には大変なカルチャーショックだったとのこと。そういう方がローラのお母さんを演じたのですから、それだけでこの方の演技力が証明されているような気がします。1974年から 83 年までシリーズが放映されたのは、俳優陣の才能と脚本が優れていたからだと思いますが、加えて家族をテーマとするドラマがヒットする素地が当時のアメリカにあったからなのでしょう。

 「大草原の小さな家」の原作を日本語訳で読んだのは小学校4年生の頃でした。最初は母が就寝前に読み聞かせてくれたのですが、自分で児童書を読める年齢になって、最初に手にした本の一つが、読み聞かせてもらった本であった訳です。ネイティブの方が話しておられましたが、ローラ・インガルス・ワイルダーの作品の優れている点は、子供の言語の発達段階に合わせてシリーズが書かれている点にあるのだそうです。シリーズ第一巻の『大きな森の小さな家』は、まだ小さな子供向けの言葉が使われていますが、その後ローラの成長とともに原作で使われている英語も難易度が上がっていくのだそうです。さすがに原作者のローラは、学校で子供たちを教えていただけのことはあると思います。

 福音館書店から出版されていた『大きな森の小さな家』から『農場の少年』までは、小学生の頃に読んでいました。今回紹介する『大草原の小さな町』を読んだのは最近のことです。『大草原の小さな町』で、ローラの家族は、ダコタ・テリトリー(現在の米国サウス・ダコタ州)のデ・スメットという町の近くに家を建てて住み始めました。一年目の厳しい冬を乗り越えた後の出来事が、この『大草原の小さな町』に描かれています。デ・スメットの町の仕立屋で初めてアルバイトをしてお金を稼ぐようになったエピソードに始まり、プラム・クリークですでに出会っていたネリー・オルソンが町の学校に転校してきて、彼女の中傷のために、ローラは学校の先生との関係が悪くなってしまう経験も記されています。やがてデ・スメットの町の人口も増え、町での楽しい行事をローラは次々と経験します。最後に、まだ15歳のローラに、20キロほど離れた場所にある学校の教師の依頼が来ます。ローラはそのために教員免許の試験を受け、見事合格するのでした。

 この『大草原の小さな町』を読んで、日常的な事柄の中に喜びを見出すことのできた当時の人々が羨ましいと感じました。春になって動物が活動するようになると、ローラの家にはネズミが出るようになり、ある晩寝ている間に父さんの頭髪の一部を齧り取ってしまったことがありました。それでネズミ退治のために幼い子猫を手に入れるのですが、この子猫が早々に成果を上げました。自分と同じ位の大きさのネズミを仕留めたのです。それを見て父さんは「こいつは、この郡一のネズミ・ハンターになるぞ」と喜びました。ラジオもテレビもインターネットもない時代に、当然ながら人々は、身の回りに起きる出来事に一喜一憂しながら生活していたのでしょう。社会で起きていること、国家レヴェルで起きていること、また世界で起きていることが重要ではないということでは勿論ありませんが、遠く離れた場所で起きる重大な情報が多すぎることによって、私たちの心はバランスを欠いたまま生活していたり、見るべき事柄を見逃してしまうことがあるのかもしれません。

 また開拓地の子供たちは、自然に家族の中での役割を果たすようになりました。しょう紅熱にかかえって、目が見えなくなった長女のメアリーでさえも、三女のキャリーの助けを借りながら家事を分担しました。次女のローラがアルバイトをしたのは、メアリーが盲人のための大学に通えるようにするためでした。両親の教育の成果という面もあったことでしょう。しかし厳しい環境の中で、子供たちは親が教えなくても、何をしなければならないかを知り、実行していくようになったのだと思います。そういう意味では、現代の我々の方が、子供を教育することが難しい世界に生きているのかもしれません。

 そしてこの本は、アメリカの開拓地の人々に、キリスト教信仰が浸透していたことを印象付ける本でもあります。ローラの家族は、まだ地方行政組織もできていない開拓地に出て行って、自らの手で畑を耕し、作物を育て、収穫物を蓄えて、厳しい冬を乗り越えました。近くに(と言っても何十キロも離れている所に)困っている人がいれば、援助の手を差し伸べました。頼ることのできる政府などありませんから、隣人同士が助け合うことの大切さを、皆自覚していたのでしょう。もちろん全体としてみれば、アメリカの西部開拓は、先住民の伝統的生活を犠牲にして成り立っていた面もありました。非白人である我々には看過しえないことではあります。それでも困難を乗り越えて、人生を切り拓いていった西部開拓農民たちの生き様には、尊敬に値する面もあったと思います。

 ローラのお母さんは、ある時ローラにこう話します。「『この世でくらすのは闘いですよ』と、母さんが言う。『一つに立ち向かったと思ったら、すぐに次のが現れるんですから。ずっとそうだったし、これからも続くのよ。そういうものだとさっさと覚悟してしまえば、楽になって、今持っている幸せに感謝できるようになりますよ。』」(127頁)実際、ローラの家族は、何度も住まいを移動し、ゆく先々で、色々な試練や苦難を経験しますが、それらを乗り越えてきたのでした。そのような開拓農民であったローラの家族にとって、キリスト教信仰は精神的な支柱であったことでしょう。彼らにとって、信仰によって生きることは、自立して自由に生きることと不可分であったのではないでしょうか。だからこそ開拓地の親たちは子供たちに聖書を教えたのでしょう。この本の最初の方に、メアリーが聖書(旧約聖書の詩篇23篇)を暗唱していた様子が描写されています。若くして盲目となってしまったメアリーが、自分の境遇を受け入れることができたのは、聖書の言葉による面もあったのかもしれません。暗唱していた聖書の言葉を、妹のローラとの会話の中で語るメアリーの姿に、この時代のアメリカ人の一つの精神が活写されているのではないでしょうか。

​取手キリスト教会

茨城県取手市台宿2-27-39

電話:0297-73-3377

Copyright (C) Toride Christ Church All Rights Reserved.