エリカ・ガイガー『エルトムート・ドロテーア・フォン・ツィンツェンドルフ伯爵夫人』梅田與四男訳、リトン、2019年


 取手キリスト教会は、ドイツのリーベンゼラ・ミッションという宣教団体から派遣されたゲルスト宣教師夫妻によって開拓された教会です。リーベンゼラ・ミッションは主にルター派敬虔主義の伝統に属する方々によって支えられている宣教団体です。最近、ドイツ敬虔主義についての書物は、日本でも徐々に出版されつつありますが、今回取り上げた本は、敬虔主義運動の指導者であったニコラウス・ルードヴィッヒ・フォン・ツィンツェンドルフ伯爵の夫人の伝記です。


 この本は、ドイツ敬虔主義運動の予備知識がない人にとっては、少しわかりにくい本かもしれません。元々ドイツ人向けに書かれていますので、ルター派のクリスチャンであれば誰もが知っているはずのことについては、それ程詳しく書かれてはいないように思います。ツィンツェンドルフ伯爵が中心となって形成されたヘルンフート・コロニーのことなどは、別の本で少し情報を補うと、さらによくわかるのではないかと思います。


 それでもこの本が伝えていることは重要なことだと思います。ニコラウス・ルードヴィッヒ・フォン・ツィンツェンドルフ伯爵は、祖母の影響で、当時ハレを中心に活躍していた敬虔主義運動の指導者アウグスト・ヘルマン・フランケの運営する寄宿学校で教育を受けた人物です。ツィンツェンドルフ伯爵がキリスト教史に名を残すようになったのは、彼が中心となって形成されたヘルンフート・コロニーが、敬虔主義運動の一つの拠点となったからです。ツィンツェンドルフ伯爵は、ザクセンのドレスデンの近くに領地を保有していましたが、この領地に、モラヴィア派の避難民たちを受け入れる決断をして、それによってヘルンフート・コロニーが作られました。やがて、そこに住む人々がモラヴィア同胞教団を設立し、プロテスタント諸教派の中で、先駆的な宣教の働きに乗り出すようになります。このモラヴィア派のキリスト者と出会い、感銘を受けたジョン・ウェスレーは、後にヘルンフート・コロニーを訪問し、そこで行われていたバンデを模倣して、組会(クラス・ミーティング)を組織しました。この組織が英国におけるメソジスト運動の成長を助けたと言われます。そのような意味で、数百名あまりのヘルンフート・コロニーがプロテスタント・キリスト教史に与えた影響は少なからぬものがありました。その功績は、ご主人のニコラウス・ルードヴィッヒ・フォン・ツィンツェンドルフ伯爵によるものと、考えられて来たのだろうと思います。しかしこの伝記は、コロニーの経営が、実際には伯爵夫人の努力によって成り立っていたことを明らかにしています。


 ツィンツェンドルフ伯爵は、良家の子弟にはありがちなことですが、寛大で気前が良いものの、お金の管理には疎く、財政は実質的に伯爵夫人が取り仕切ることになりました。資金繰りはいつもぎりぎりでした。銀食器を質屋に入れてしまっている時に来客があり、お客をもてなすために、わざわざ借金をして銀食器を返してもらい、それから晩餐の準備をするというようなこともあったようです。そんな訳で、周囲の人々は、伯爵の領地やコロニーの経済に関わる相談は伯爵夫人にするようになりました。神様は、伯爵のために、倹約家で商才のある女性をパートナーとして出会わせて下さった、ということなのでしょう。


 この本の出版にあたっては、翻訳者である梅田與四男牧師が自ら版権を取得して自費出版の形をとられることになったようですが、版権の取得に際して、以前リーベンゼラ日本宣教団の宣教師として奉仕され、今は帰国されているトラウゴット・オッケルト元宣教師が協力されたそうです。オッケルト先生も、この本が日本で紹介されることを願われたのでしょう。


 この本が伝えているヘルンフート・コロニーの設立と経営のエピソードを読んで、かつてオッケルト宣教師が、東日本大震災の時に、大熊町にあった福島第一バプテスト教会の方々を、ご自身がディレクターを務めておられた奥多摩福音の家(東京都奥多摩町)に長期間にわたって受け入れられた出来事を想い起こしました。リーベンゼラ日本宣教団やオッケルト先生は、祈りの中でそのような決断をされたことと思いますが、同時にルター派敬虔主義の歴史に記憶されているヘルンフート・コロニーのことや、ツィンツェンドルフ伯爵夫妻の信仰に触発されていたのかもしれません。


 この本が伝えようとしているメッセージの中で最も大切なことは、キリスト教史に名を残している男性のそばで、しばしばその名前が忘れられ、無視されてしまっているのですが、優れた女性の献身的な働きがあったということです。キリスト教史に女性がどんな役割を果たし、どのような貢献をして来たかということは、依然として十分には明らかにされていないように思われます。この伝記のような形で、今後さらに光が当てられて行って欲しいと思いました。

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